エンターテインメント・ノベルの短篇新人賞として知られる“オール讀物新人賞”は、長き伝統の中で、多数の歴史・時代作家を生み出してきた。記念すべき第一回受賞者である南條範夫から始まり、滝口康彦・藤沢周平・竹田真砂子・宇江佐真理・乙川優三郎・山本一力などなど、次々と有力な才能が飛び出してきたのである。そこにまたひとり、新たな作家が加わった。立花水馬である。
立花水馬は、一九六一年、愛知県に生まれた。早稲田大学文学部卒。二〇一〇年、第九十回オール讀物新人賞を、「虫封じ〼」で受賞する。「オール讀物」二〇一〇年十一月号の、作品と共に掲載された「受賞のことば」で、
「子供に自分の気持ちを伝えられるものを残したい。そう思って小説の学校に入ったのは四十歳になる少し前でした。やがて創作の面白さに取りつかれ、小説家になることが人生の目標になりました」
と書き、さらに小説を書ける環境を求めて転職を続けるうちに、年収が三分の一に減ったといっている。二〇〇八年には「化身」で第八十八回オール讀物新人賞の最終候補、二〇一〇年には「天上に鳴る金剛鈴(ティルプ)」で第十七回松本清張賞の最終候補になるなど、まさに小説に賭けた日々を過ごしていたのだ。その執念と精進が実った「虫封じ〼」は、受賞するに相応しい、優れた作品である。
文政二年の正月、江戸の貧乏長屋から物語の幕は上がる。鋳掛屋の父親とふたり暮らしをしている、十六歳のお夕は、かつて長屋の住人に助けてもらった恩を返すため、長屋の子供たちの面倒を見ていた。しかし預かっていた三歳になる正坊が、疳の虫で泣き止まず、命の危険すら感じさせる。そこに泣き声に引かれてやってきたのが、薄羽影郎という若者だ。なにやら呪文を唱えて、正坊から疳の虫を取り出した影郎。常陸の国の郷士で、江戸に出てきたばかりだという彼は、長屋に住みつくと「虫封じ〼」という看板を掲げて、加持祈祷を生業とする。だが仕事は流行らず、お夕たちはやきもきするばかり。正坊の母親のおまきが連れてきた、日本橋にある加納屋の手代の卯之助を何度か看るが、治療ははかばかしくないようだ。
一方、江戸では、疫病を振りまく甘酒売りの老婆の噂が広がっていた。すでに死去した杉田玄白の娘で、父親が晩年に気にかけていた心の病に関心を寄せている蘭方医の八百は、老婆の噂を追っていて影郎と知り合う。さらに、お夕の口から、影郎が丹波康頼がまとめた幻の医学書『医心方』を読んでいることを聞かされ、彼に強い興味を抱くようになる。そんなこんなで賑やかになってきた影郎の周囲だが、やがて老婆の一件と、卯之助が結びつき、思いもかけない真実が明らかになるのだった。
本作は、ふたつのジャンルが組み合わされて成立している。ひとつは捕物帖だ。甘酒売りの老婆と、卯之助の病。無関係に見えていた、それぞれの件が結びつき、意外な事件が炙り出される。どんでん返しも用意した犯罪の構図は秀逸であり、ミステリーの面白さが堪能できるようになっているのだ。
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