文藝春秋から本を出すのは初めてのことです。今までに各社から百冊以上の本を出しましたが、今回の『STAR EGG――星の玉子さま』は、幾つかの点で特異な一冊といえます。たとえば、このように、自分の本について発行と同時に一文を書く、などということも初めてです。小説では、本の中にまえがきもあとがきも一切書きません。そういう姿勢でこれまできました。
絵本は、過去に数冊作りましたけれど、すべて他の方に絵を描いていただきました。ですから、『STAR EGG――星の玉子さま』は、初めて自分で絵を描いた、自分の絵を使った最初の作品です。これが見かけ上の最も大きな特徴だと思います。
しかし、本当の特異点は別にあります。この本は、「できるだけ多くの人に読んでもらいたい」と僕が考えた初めての作品なのです。そんなこと、当たり前ではないのか。作家たるもの、書いた作品を、上梓した本を、できるだけ多くの読者の手に取ってもらいたいと願うのは、ごく普通の感情だろう、と思われるかもしれません。しかし、正直にいいますが、僕は今回が初めてなのです。
これまでの百冊の本の中で、読んでくれ、と人に薦めた本はありません。読者に対しても、「面白いから、読んで下さい」と言ったこともないし、どこかに書いたことも一度もありません。それどころか、知人や親族にさえ、発行された本を進呈する、といったことはしませんでした。出版社からは、本ができると見本として十冊をいただけるのですが、それらは封をしたまま、僕の書斎に山積みされています。つまり千冊です。既にこの書斎は倉庫になりました。例外として、毎回本を送って下さる作家の方、二十人くらいに、お返しとして出版社から贈呈本を送ることはありますが、自分からすすんで送ったことは一度もなかったはずです。
読みたい、と向こうが希望していなければ、本をこちらから手渡すことは、とても恥ずかしい行為だと僕には思えました。だから、「できるだけ沢山の方に」といった発想にはなりません。読みたい人だけが手に取ってくれれば、それで充分だし、その人が支払ったお金の分だけでも満足をしてくれたら、それで本の機能は果たせるだろう、と自分では考えていました。
その姿勢は今も変わりはありません。これからも、しばらくはこんなふうでしょう。
そんな森博嗣ですが、しかし、今回だけは、みんなに読んでもらえたら良いな、と少し思いました。それはつまり、これならば、まあまあ恥ずかしくないかもしれないな、という気がちょっとしたからです。つまり、言葉にすると非常に傲慢な印象ですけれど、それは「自信」に近いものだと思われます。もちろん、発泡スチロールの小さな一粒みたいな、大変小さくて軽い自信ですが……。