- 2010.09.20
- 書評
投資銀行の裏をかいたアウトサイダーを描く
文:喜文 康隆 (証券記者)
『世紀の空売(からう)り――世界経済の破綻に賭けた男たち』 (マイケル・ルイス 著/東江一紀 訳)
ジャンル :
#政治・経済・ビジネス
かれらこそ市場のユーフォリアのなかで、金融商品のいかがわしさをいち早く察知し、空売りをし、市場の崩壊と引き換えに巨利を得た男たちである。
しかし、ルイスからみれば、二十年ぶりの取材は、新しい金融商品、新しい主役たちの登場こそ新鮮ではあっても、ほとんどがデジャビュ(既視感)に彩られたものだったろう。
かれは今回の本では、大暴落をつくり出した犯人として、投資銀行の品性、格付け機関のコンプレックス、生保の無能な運用をやり玉にあげた。また、勝者も敗者も個人的には潤うという異常なインセンティブの仕組みが、アメリカ中に蔓延した拝金思想とあいまって、異常な相場と、反動としての崩落を生みだしたと指摘する。異端の投資家三人のグループもその一角にすぎない。
さすがプロの手さばきである。金融の世界でモーゲージ債が仕組み債に形を変えながら、実体経済となんのかかわりもなくここまで異様にふくれあがった様を、ここまでわかりやすく語った本はこれまでになかったと思う。
エピローグにあるマイケル・ルイスとグッドフレンドの対話が奇妙なリアリティを醸し出している。二人の会話には『ライアーズ・ポーカー』で語られたあの時代の総括も、そして『世紀の空売り』が描写する、今回の危機の解決策も出ては来ない。二人の間には奇妙な静寂と許容があるだけである。
二人の対話のもどかしさは、当初、ルイスの総括の足りなさゆえのように思えた。しかし、読み返して考えを改めた。
金融市場だけでは答は出ないのである。
マイケル・ルイスもグッドフレンドも、ほんとうはとうにわかっているのだ。金融のイノベーションと称するものは、いつでもまがいものであり、信用創造の増幅機能でしかない。しかし、その増幅機能こそが資本主義の本質であることを。増幅機能がうまく作動すればするほど、その反動も深く長い。
日本のマーケットに古くから『日柄整理』ということばがある。大暴落のときに、値幅の調整はあっというまに進むが、再度出直るまでには長い時間がかかるという意味である。人間の欲望が生みだすバブルとその崩壊に対する良薬は「時間」しかないのだ。
それでもわれわれは、未来への選択肢として資本主義というシステムしかもたない。われわれは異端として、資本主義の崩壊にチャンスを見いだすか、矛盾に満ちたシステムのなかで“ライアーズ・ポーカー”に参加しなければならない。
それがルイスの二十年目のメッセージではないか。
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