- 2014.09.25
- 書評
金融バブルに浮かれた人と、財政破綻した国――それぞれの不幸
文:藤沢 数希 (ブログ『金融日記』主宰)
『ブーメラン 欧州から恐慌が返ってくる』 (マイケル・ルイス 著/東江一紀 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#政治・経済・ビジネス
「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」
ロシアの文豪トルストイの『アンナ・カレーニナ』の一節である。マイケル・ルイスによるユーロ危機の真相を追った本書『ブーメラン』を読み終えて、僕はトルストイのこの言葉を思い出さずにはいられなかった。
『ブーメラン』は、ルイス氏が二〇一〇年に出版した世界的なベストセラーである『世紀の空売り』の続編ともいうべき作品である。前作は、サブプライム住宅ローン市場の崩壊(要するにローンで家を買った多くのアメリカ人が次々と借金を踏み倒した)に端を発する世界同時金融危機の中で、住宅ローンを束ねて作ったMBS(Mortgage Backed Securities)やCDO(Collateralized Debt Obligation)などの複雑な金融商品を空売りして巨万の富を得たヘッジファンドを追った、傑出したノンフィクションである。
世界同時金融危機に関しては、ジャーナリストや経済学者による書籍が多数出版されたが、そのどれもが僕には腹に落ちない部分があった。ジャーナリストが書いた本の多くはひどく複雑な話を簡単にまとめすぎていて論理が破綻していたし、経済学者はマクロ経済学的な意味付けや金融システムの観点から金融危機を論じていた。僕自身も外資系投資銀行に勤務していたのだが、住宅ローンを使った金融商品とは幸か不幸か全く縁がなかった。投資銀行で働く人間として、そういうマクロ経済学の話はどこか遠い世界の出来事のように思えた。現場で高尚な金融システムのことを考えている人間なんてどこにもいないからだ。
自分が関わっている金融商品を使っていかに合法的にたくさん稼ぐか。そして会社のために稼いだ金をどれだけ自分のポケットに取り戻すか。良くも悪くも投資銀行の人間はそれだけを考えているし、またそれが義務であるともいえる。そして会社は自社の社員にカモられないために社員をひどく神経質に監視し、また管理しようとしている。そんな状況で、なぜ何兆円もの損失を被るリスクを数々の金融機関は許容していたのか。また、住宅バブルの崩壊によりMBSやCDOが暴落することに賭けたヘッジファンドや投資銀行の一部のトレーダーが一夜にして数千億円という天文学的な利益をたたき出すのだが、いったいどういう方法でそんなことが可能だったのか、ほとんどの本には具体的な記述がなかった。そして、無名のヘッジファンドの投資戦略を詳細に記述することにより、これらの秘密を鮮やかに暴きだしたのが、ルイス氏の『世紀の空売り』だったのである。