- 2015.01.06
- 書評
証券市場を席巻する超高速取引業者
次の狙いはネット広告市場か?
文:宮川 洋 (株式会社イード 代表取締役社長)
『フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち』 (マイケル・ルイス 著/渡会圭子・東江一紀 訳)
ジャンル :
#ノンフィクション
2008年のリーマン・ショックの背景にあった高度な金融工学。その人材やノウハウは、広告・マーケティング分野に流れ込んでいる。米国証券市場で規制を逆手にとって荒稼ぎする「超高速取引業者」の実態を描いた『フラッシュ・ボーイズ』の警鐘は、金融業界にとどまらないと、多数のネットメディアを運営するIT企業社長の宮川 洋氏は指摘する。
証券市場への信頼を打ち砕く、衝撃的なニュース
東西冷戦の終了、米国軍事・宇宙開発予算の大幅縮小、そしてNASA(米航空宇宙局)によるアポロ計画(1961年~1972年)終了は優秀なロケットサイエンティストを大量にウォール街に人材大移動させるという事態を引き起こし、金融工学が飛躍的に発展した。
その後も金融には最先端のIT技術が積極的に取り入れられ、近年、資産運用の効率は急速に高まる中、2014年3月、一本のニュースが世間の注目を集めた。
「超高速取引業者(HFT)Virtu Financial社がIPO(株式公開)へ」
本書でも紹介されているナノ秒(10億分の1秒)の時間差を利用して巨額のサヤをかせぐ超高速取引業者大手のIPO(新規株式公開)だった。
しかしVirtu Financial社がSECに提出したIPO資料(外部サイト)に記載された「2009年1月1日から2013年12月31日までの(5年)、(中略)取引1,238日間で損失を被ったのは一日だけ」という驚異的な数値、ありえないパフォーマンスがメディアで報じられると、世間の風向きが変わった。
「市場には、何か不公正な仕組みが存在するのでは?」。2008年の金融危機の後、米国金融界(ウォール街)へは健全な規制強化が実施されたと一般投資家は信じてきたが、その夢を打ち砕く衝撃的なニュースだった。
ほどなく米国で本書『フラッシュ・ボーイズ』が発売され一般投資家、機関投資家の注文をナノ秒(10億分の1秒)の差で先回りしている超高速取引業者への批判が高まり、Virtu Financial社も4月予定だったIPO(株式公開)が中止に追い込まれた。本書はこれら「フラッシュ・ボーイズ」、つまり超高速取引業者の実態を暴露したウォール街のサムライ、ブラッド・カツヤマのミステリー小説ばりのノンフィクションである。
市場で荒稼ぎするプレデター(捕食者)
最初に紹介されるのはシカゴからニュージャージーに「法が認める範囲でいちばんまっすぐな道筋」で敷設される光ケーブル、それをウォール街に売るスプレッド・ネットワークス社の存在。
投資銀行RBC(ロイヤル・バンク・オブ・カナダ)に勤めていたブラッド・カツヤマが突き止めたのは、それらを利用し且つ、最先端のITを駆使して超高速・超高頻度な取引で市場で荒稼ぎをしている「プレデター(捕食者)」の存在だった。本書では、「フロントランニング(先回り取引)」「ダークプール(私設取引所)」といった聞きなれない手法が次々と紹介されている。
特定の取引所や電子取引システムによらず投資家にとって最良の価格で取引することを義務づけた2007年の「レギュレーションNMS(Reg NMS)」は、ニューヨーク証券取引所などの主要市場のシェアを大幅に低下させ証券市場の民主化をもたらした。しかし一方で、これら超高速取引業者に、多数の取引所市場、ダークプールの競争状態を利用して、「フロントランニング」を合法的に行う機会を与え、莫大な利益をあげさせることとなった。2014年の米国における売買シェアは超高速取引業者が50%近くを占めるまでとなっている。
物語はブラッド・カツヤマらが、これらの不公正な歪みを是正するために仲間と立ち上がり、市場の不公正を投資家に訴えて、自らの取引所「IEX」をたちあげることでクライマックスを迎える。大手投資銀行からの陰湿な妨害なども行なわれるなか、ウォール街のサムライは勝利を収めることが出来るのか……。
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