- 2010.09.20
- 書評
投資銀行の裏をかいたアウトサイダーを描く
文:喜文 康隆 (証券記者)
『世紀の空売(からう)り――世界経済の破綻に賭けた男たち』 (マイケル・ルイス 著/東江一紀 訳)
ジャンル :
#政治・経済・ビジネス
マイケル・ルイスは二十代だった一九八五年から八八年まで、住宅ローンの小口債券化による新しい債券の市場をつくりだしたあのソロモン・ブラザーズにいた。退社するやいなや、一九八九年に『ライアーズ・ポーカー』を出版し(日本では一九九〇年に発売)、ウォール街ナンバーワンの投資銀行の内幕を暴露し、かつての上司でウォール街のスーパースターだったCEOジョン・グッドフレンドをトップの座から引きずり下ろした。
みずから「だましだまされ」の世界を軽妙に泳ぎつつ、わずか二年半で成り上がった、トップクラス債券セールスマンの地位と収入。それを惜しげもなく捨てて、ペンで古巣をこてんぱんにたたきのめして百万部の大ベストセラーを生みだした男。彼の行動に言いようのない違和感をいだきつつも、草創期のモーゲージ債をいいようにあやつるウォール街最強の投資銀行ソロモン・ブラザーズの内情を、食い入るように読んだことを覚えている。
ソロモン・ブラザーズについて特記すべきは、八〇年代末に巨額の売りポジションを日本株にかけ、九〇年以降の日本のバブル崩壊のトリガーをひいたことである。
いまにして思えば、マイケル・ルイスの登場は、内部告発ジャーナリズムのはしりであり、プロフェッショナルなインサイダー(利害関係者)の解説が、いわゆる古典的なジャーナリズムにとってかわる前兆でもあったのだ。
そのルイスも「金融狂騒の一九八〇年代がそのあと二十年も続くなどとは到底予測できなかった」という。続かないと思ったからこそ、早めに馬車を降りたことを正直に認める。
その彼が、二〇〇七年以降の金融システムの危機について筆をとった。なんらかの覚悟ありとみるのは当然だろう。
ソロモン・ブラザーズからゴールドマンサックスへ。モーゲージ債から、それをさらに加工したCDOへ。空売りができないはずだった債券を、暴落に対する保険というアイデアから空売り対象にしてしまった新金融商品CDSの誕生。そして何よりも社会のあらゆる層に蔓延した拝金思想とふくれあがったデリバティブ市場の規模。
ルイスは、今回の本では、視点を投資銀行の内部から、外部に移した。選んだのはハーバード・ロースクールを最優秀で卒業しながらみずから法曹への道を離れ、畑違いの証券の道を進んだスティーブ・アイズマン、医師あがりの義眼の相場師マイケル・バーリ、そしてプライベート・エクイティで一山当てたチャーリー・レドリー。三人の異端の投資家たちである。いわば金融市場のアウトサイダーである。
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