書評

アメリカはなぜ本気で火星を目指すのか

文: 真山 仁

『売国』 (真山仁 著)

米では宇宙ベンチャーが躍進。小説『売国』で日本の宇宙産業に切り込んだ作家・真山仁が辿る、熱き現場と日本人研究者たち

米国の我慢は限界に

 莫大な資金と人材を投入した後、それを日本の国益にどう生かすのか――。その当たり前の思考がない政治家や政府に、「ISSは無駄遣い」と糾弾する権利があるのだろうか。

 若田氏のコマンダー就任に続き、そのような日本の意識を危惧するアメリカはさらなる日本贔屓のカードを切った。

 今年一月に米国国務省主催で開催された初めての閣僚級会議「国際宇宙探査フォーラム」(三五の国と機関の代表が出席)で、アメリカは火星への有人飛行を国際協調で進めたいと要請。第二回会議を二〇一六年か一七年に日本で開催すると決めた。本来であれば、日本のはるか先を行っているロシアやヨーロッパでの開催が妥当にもかかわらず、アメリカは日本を指名した。その意図をしっかりと理解すべきではないのだろうか。

 ただ、勘違いしてはいけないのは、日本を頼りにしているから、アメリカが必死になっているのではないということだ。日本が宇宙開発の国際協調から抜ければ、そこに「厄介なライバル」である中国が台頭してくるのを懸念しているからだ。

 中国は二〇一三年一二月、無人月探査機「嫦娥3号」を月に着陸させた。月面着陸は、旧ソ連の「ルナ24号」以来三七年ぶりで、旧ソ連、米国に次いで三カ国目の快挙だ。さらに無人探査車「玉兎号」が月での作動に成功している。アジアの雄だと自負していた日本は、この瞬間、中国にその座を奪われたと見る人も少なくない。

 その一方で中国は、地上から弾道ミサイルを用いて自国の老朽化した衛星を破壊する実験も行い、深刻なスペースデブリ(宇宙ゴミ)問題を引き起こす“ならず者”でもある。

 日本のISS撤退は、宇宙における中国の脅威拡大を意味する。それはアメリカの国益を損ねることになるから、必死で日本撤退を止めているのだ。だが、米国の我慢は限界に来ているという話も聞いた。

 「アメリカが日本にサインを送っている間に、国際協調路線を明確にしなければ、いずれ米国の政治家から、日本は宇宙開発から排除せよという声があがるかもしれない」という懸念が、既に日米両国の宇宙関係者の間で強まっている。

日本の若手の活躍と不安

 さて、旅の最後に、同国の宇宙研究の中心地であるロサンゼルスで若き日本人研究者たちに会った。ロスの中心地から車で一時間のところにあるパサデナは、NASAの研究機関であるJPL(ジェット推進研究所)やカルテックの愛称で知られるカリフォルニア工科大学がある。その両機関に、宇宙に夢を馳せた若き日本人研究者がいる。

 中にはJAXAや企業から派遣された者もいるが、それ以外で彼の地にいる日本人研究者たちの経歴はユニークだ。大学受験から単身アメリカに渡り宇宙研究を目指した者、博士号をMITで取得した強者までいる。

 いずれもが宇宙に憧れただけではなく、「どうせやるなら本場の米国で学びたい」と海を渡ってきたのだ。だが、寝ても覚めても宇宙が好きというフリーク的な研究者は意外と少ない。むしろ日本の大学制度の中での学びにくさを理由にアメリカに渡った者が多い。

 米国の大学院生は、単なる学生ではない。教授がプロジェクトを受注し、研究員として報酬をもらって研究を行っている。そのため自ずとシビアさが違う。

 そこが彼らのやり甲斐の源だという。加えて自分たちの研究がそのまま米国の宇宙開発に直結しているという手応えが嬉しいのだとも言う。

 このシビアさは、NASAが誇る巨大研究施設JPLでも同様で、研究者は皆、ミッションごとに配属されており、ミッションが終了すると失職するのが一般的だ。 「結果を求められている緊張感がある」のと同時に、宇宙開発が単なる夢でなく、現実だとも感じられるのだという。

 それに比べると日本の大学での宇宙研究は、明確な目標が見えないようだ。例えば相模原にある宇宙科学研究所(宇宙研)は、修士課程以上の学生が約一〇〇人学んでいるが、博士課程まで修了した学生達が、そのまま専門分野で研究できる施設はほとんどない。やむなく地方大学の助教で、物理学の授業を受け持ちながら、細々と研究を続けているのが現状だ。

 ロスの若き研究者への取材でもう一つ印象的だったのが、彼らの多くが「アメリカで学んだことを、日本にどのようにフィードバックするか」について悩んでいることだった。 「当初は、研究成果を手にして凱旋してやろうという気分だったが、今は随分変わってきた」とある研究者は話す。なぜなら多くの場合、彼らが帰れる場所が日本にはないからだ。 「アメリカで宇宙の最先端を学んだところで、それをどこで生かすのか。あるいは、米国で挙げた成果をきちんと評価されるのか。帰国を考えると同時にそんな不安ばかりが頭に浮かぶ。ならばいっそのこと、暫くここで研究開発に没頭したい」という声が主流だ。

 他の分野でも留学後の研究者の不活用が深刻になっている。このところ、欧米への留学生が減ったと嘆く向きがあるが、留学生からすれば「帰国しても、公正な評価をしてくれる組織が限られている」という壁があるのだ。

 米国で学んだ最先端の知識を生かせるような場はなく、アメリカの水準よりはるかに遅れた宇宙関連メーカーへの就職、あるいはJAXAか大学の教員か、将来の選択肢は驚くほど少ない。これらは、切磋琢磨して研究に励んでいる彼らからすれば、成果を生かせるフィールドとは言い難い。これこそが日本の閉鎖的な環境の最大の弊害ではないか。 「いつかは日本に帰りたいと思っている。でも、その時は宇宙ではなく、どんどん世界に留学していこうという若者を育てたい」と話した留学生の言葉は重い。

 また、既に一〇年以上アメリカで宇宙分野での研究開発に携わっている人が「最初は、何が日本のためになるのかを考えていたが、最近は、人類のためにどんな貢献ができるのかって思い始めている」と語ってくれたのも印象に残っている。

 国際協調で宇宙を目指すという姿勢は、既に若い研究者の間では、国境や言葉を越えた文化となりつつある。

 掛け声だけは立派で、そのくせ小さな成果ばかりを追いかけて貴重な機会を逃す日本政府に今こそ必要なのは、宇宙開発の最前線で奮闘する留学生のようなマインドを持つことではないだろうか。

 そのためには明確な宇宙戦略と現実的な施策の構築が急務であろう。同時に、国家でしか担えない使命と民間に委ねるべき分野を分け、二人三脚で大きな果実を結ぶための長期的視野に立ったプロジェクト構築が求められる。

 宇宙をただ夢として語る時代は終わった。現実的な国際競争の中で、日本復活の鍵を早急に探さなければ、取り返しのつかない規模で国益を損失することになるだろう。

この対談は「文藝春秋」2014年5月号に掲載されました。

 

 

売国
真山 仁・著

定価:本体1750円+税 発売日:2014年10月30日

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