さて、こうなると気になるのは、作者のデビュー作『邪剣始末』だ。『月下上海』を上梓したほどの実力を持つ作者が、いかなる物語で、斯界に登場したのか。読んでみたくなるのは当然のこと。そんな読者の願いを察したかのように本書が、文春文庫から復刊されるとは、有り難いことである。おっと、前振りはこれくらいにして、そろそろストーリーを紹介しよう。作品は、全四話で構成されている。
第一話「妖刀」は、本所で貸本屋をしている辰巳屋の文三が、辻斬り浪人に襲われたところを、新内流しの門付け芸人・おれんに救われる場面から始まる。当時としては年増だが、やや吊り上がり気味で巴旦杏の形をした茶色の瞳を持つおれんは、どこか猫を思わせる美女であった。しかも剣の腕前は抜群で、辻斬りをあっさりと退治する。いったい彼女は何者なのか。これが縁になり、辰巳屋の世話になったおれんが語ったのは、意外きわまりない話であった。
生まれてすぐに芸者の置屋の養女に出された彼女は、八歳のときに実の母親に引き取られる。しかし母親の目的は、幼児愛好家に彼女を売ることだった。そのため安房を目指したふたりだが、母親が行き倒れになってしまった。ひとりぼっちになった彼女は、元刀鍛冶で、今は鍛冶屋をしている呉羽暁斎に引き取られる。暁斎を師として学問と剣術を習い、聡明かつ美しく成長したおれんは、自分の境遇に満足している。だが八年前、死に瀕した暁斎から、遺言を受け取る。かつて、ある事情から打ってしまった、呪いを込めた邪剣四振を、始末してほしいというのだ。以後、おれんは、暁斎が魂魄を込めて打った名刀“暁丸”と共に、江戸を始めとする各地を巡り、邪剣の行方を追っているのである。
といった話を彼女から聞いた文三は、邪剣を与えられた四人の男の消息を掴むことを約束する。貸本屋を営む文三だが、実際の仕事は十二歳の太一まかせ。本人は情報の売り買いをして、意外なほど儲けているのであった。女に興味のない文三と、いつも誰かに惚れては一喜一憂している太一は、実に愉快なコンビである。
このような設定を説明しながら、第一話は進行する。藩内改革に燃えながら、なにもかも失い脱藩し“氷雨”と名づけた刀と共に、浪々の暮らしをおくる小杉平之介とおれんの出会い。邪剣の持ち主の意外な正体と、いきなりの悲劇。そして暁丸と邪剣の対決と、小気味よいテンポのストーリーが、すんなりと読者を作品世界に誘ってくれるのである。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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