ところで、死した刀匠の願いにより、弟子が師匠の刀を始末すると書くと、ある作品を思い出さないだろうか。隆慶一郎の『鬼麿斬人剣』だ。おそらく本書の発想の原点は、この隆作品であろう。本書の冒頭に、『鬼麿斬人剣』の重要人物である源清麿の名前が出てくるから、間違いはない。自らの作品の原点を作者は、最初から堂々と明らかにしているのだ。そしてそれは、時代小説の歴史に名を残す巨匠の作品にインスパイアされながら、独自の物語世界を創造してみせるという、自信の表れであるのだろう。デビュー作でこのようなことを実行してしまう、作者の姿勢が頼もしい。
続く第二話「五ツ胴」は、高利貸の丹波屋吉兵衛という、蛇のような目をした男が出現。幸せな生活をしている浪人夫婦を破滅に追い込む道具として、邪剣が使われる。あまり詳しくは書かないが、全四話という構成から予想される展開をあえて外した、作者の手腕が光っている。
第三話「影斬り」は、前半部分で、呉羽暁斎が四振の邪剣を打った理由が、じっくりと綴られている。そろそろ詳しい事情が知りたいところであり、タイミングは、ばっちりだ。しかも邪剣の持ち主が、その事情と密接な関係にある。ここに至り、作品世界は、さらなる深度を得た。
第四話「片見月」では、丹波屋吉兵衛が再登場。思いもかけない経歴を明かしながら、おれんと決着をつける。そしてその後、最後の邪剣と対峙するのだが……。ラストを飾るに相応しく、読みどころの詰まった内容と、宿命的な対決から浮かび上がる、おれんの強さを堪能できるのである。第一話で拳銃を安直に扱ったことや、最後の邪剣の正体が早い段階で予想がついてしまうことなど、粗っぽい部分もあるが、新人ならではの瑕疵であり、気にすることもあるまい。だって本書は、巧みなストーリー、魅力的なヒロイン、痛快なチャンバラ、人間の喜びと悲しみの交錯など、三拍子も四拍子も揃った、時代エンターテインメントなのだから。
最後に、主人公の肖像に留意したい。人間らしい豊かな心を持ちながら、目的のためには己の肉体を使うことも厭わない。小杉平之介に惚れながらも、恋に溺れることもない。個性的な男性陣に囲まれながら、自分の生き方は、自分で選んでいく。女らしさと、人間としての強さを併存させながら、物語の上に屹立している。これは『月下上海』の八島多江子と一緒ではないか。いや、本書のおれんこそが、八島多江子の原形であり、作者が描きたいヒロイン像なのである。ならば『邪剣始末』から『月下上海』に至った山口恵以子は、これからも私たちを魅了するヒロインを、次々と創造してくれることだろう。今後の活動が、すこぶる楽しみである。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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