山に魅了された男は、高校時代に抱いた二つの夢をかなえた。アイガー北壁の登攀という夢は、当時の世界最年少記録である二十一歳で達成。また、アウトドアビジネスを立ち上げるという目標は、二十八歳で叶えた。今年二月には毎日経済人賞も受賞したモンベルの創業者の哲学に迫る。
高校一年生のときに、教科書に載っていたヨーロッパ三大北壁の一つ、アイガー北壁の初登攀記録『白い蜘蛛』を読んで、「いつか自分も」と誓いました。同時に、二十八歳までに山に関わるビジネスを始めようという目標も立てたんです。
高校時代の数学の先生が“山好き”で、いつもこんなことをおっしゃっていました。「人間は生まれたときには無限の可能性を持っている。年齢を一つずつ重ねるにしたがって、自らがその限界を狭めていく。死に向かって収れんしていく中で、どう生きていくかが大切なのだ」と。
アイガー北壁に挑むために、日本アルプスで技術を磨いているとき、仲間の死にも直面しました。二十一歳で無事に頂上に立つことが出来ましたが、ハインリッヒ・ハラーの初登攀以来、六十人が遭難し、私は六十人目の成功者でした。死ぬか成功するかは、二分の一の確率。もちろん怖かったですけれど、挑戦せずにはいられなかった。山に登りながら、「人は何故冒険をするのか」と自らに問い続けてきたような気がします。
夢枕獏さんの『エヴェレスト 神々の山嶺(いただき)』にも、死をも恐れない登山家が登場します。エヴェレストを初登頂したヒラリーの以前に、山頂付近で遭難したマロリーがエヴェレストの登頂に成功していたかどうか、その謎に迫るという物語です。孤高の登山家・羽生丈二が出てきますが、この小説や映画を見た人が、「死を恐れない」という心理をどこまで理解できるのでしょうか。
私の場合は、少し客観的です。というのも、アイガー北壁を登攀した二十一歳のときに、やり切ってしまったような気持ちになったからなんです。競っているわけじゃないんだけれども、目標を失っている間に、登山家たちの先頭集団には追いつけなくなった自分がいる。そのときに「死を恐れぬ」とは違う景色が見えてきたこともあって、モンベルを立ち上げたり、カヌーという新たな挑戦の舞台を見つけることが出来たんだと思います。
影響を受けた本が、司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』でした。司馬さんは、日本人が生死をかけた日露戦争を描いているけれど、どこか一歩ひいて、俯瞰をした視線で描いている。人生は〇と×じゃない、ということを教えてくれたような気がしています。
山に登り始めた頃から哲学的に考えるようになりましたが、自分の中に内在するものが、読書がきっかけで明確に浮かび上がることが多かった。本を読むというのは、大切な時間だと思っています。
あるアメリカ企業が主催する「冒険大賞」の審査員を引き受けたときに、ミシガン大学の先生と話す機会がありました。この先生に「人はなぜ命をかけて冒険するのか」という疑問を訊ねてみると、彼はこう答えてくれました。
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