2016.02.05 インタビュー・対談

対談 司馬遼太郎が日本に遺したもの

「文藝春秋2016年3月特別増刊号 司馬遼太郎の真髄」

対談 司馬遼太郎が日本に遺したもの

『竜馬がゆく』を筆頭に数多くの国民的ベストセラー小説を生み出し、歴史的視座からこの国と日本人を思索したエッセイ、評論などで、文学界だけにとどまらず社会全般に多大な影響を残した司馬遼太郎。歴史文学の泰斗にして未来を遠望していた司馬世界の真髄をめぐって、現代の視点から歴史を読み直す磯田道史氏と、「歴史探偵」として健筆を振るう半藤一利氏が論じつくす。

「文藝春秋2016年3月特別増刊号 司馬遼太郎の真髄」

半藤 司馬さんと初めてお会いしたのは、司馬さんが昭和三十五年に直木賞をとられたときです。僕は「週刊文春」の編集部員で、受賞インタビューにうかがったんです。司馬さんはもう白髪でしたが、三十六歳。僕は二十九歳でした。ひと言質問すると、とにかく喋る喋る。さながら磯田さんのごとしだ(笑)。磯田さんは会われたことは?

磯田 司馬さんが亡くなられたとき二十五歳で、まだ大学院生でしたから。会いたかったですよ。司馬さんは、話を向けると、どんどん転がっていくんですか?

半藤 「そう言えば、それと関連してさ、このことも大事だな」なんて、別の話になる。お得意の余談です。聞いてないことまで喋ってくれるから、あれほど取材が楽な人はなかった。勉強家だったからね。本当によく読まれていました。

磯田 引き出しの多い人だったと、みなさんおっしゃいますよね。

文藝春秋70周年記念講演会より(平成4年6月)

半藤 家に行くと、「ご馳走してやるわ」と炒飯を作ってくれましてね。「俺はこれが得意なんだ」とおっしゃって。たった二回なれども、司馬さんの炒飯を食べた人は、あまりいないかもしれません。

磯田 ただの白い焼き飯か、それともケチャップの入ったチキンライスだったのか、憶えていらっしゃいます?

半藤 ちょっと色がついていましたね。真っ白じゃなかった。うまかったですよ。

 忘れられないのは直木賞をとられてすぐ、「週刊文春」に連載された『豚と薔薇』という小説のことです。推理小説なんですが、これがまあ、あまり出来がよろしくなかった(笑)。司馬さん自身「俺はなんで推理小説を書いたのか」と嘆いて、全集にも入っていません。「もう一度『週刊文春』で復讐戦をさせてくれ」とおっしゃって載ったのが、『燃えよ剣』です。この名誉挽回作で、司馬さんの筆名はいっぺんに上がったわけです。

【次ページ】史実の選択力と視点の高さ



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