昨年刊行した『テミスの剣』が好評をいただき、編集者からも、再び重いテーマに挑戦してほしいというリクエストがありました。『テミスの剣』では冤罪をテーマにしていたので、同等かそれ以上に深く掘り下げた作品をと思った時、死刑制度に行き当たりました。
近年、世界的な流れは、死刑廃止の方向に進んでいますが、日本では、内閣府の世論調査を見ると、年々、死刑制度の存続を望む声が増えており、平成21年では、存続希望が85.6%という圧倒的な数字となっています。
裁判員制度導入以来、加速する厳罰化や、日本古来から存在していた仇討という風習も、この数字と無関係ではなく、国民の中にも、死刑制度は“国による仇討の代行”ということで納得している部分があるのではないでしょうか。こうした日本独特の死刑との向き合い方も踏まえて、日本人の考える死刑制度に迫ろうと、この小説を書き始めました。
ファースト・シーンでは、自著の常連の渡瀬と古手川という刑事が登場します。私の持論は、最初の5ページで客を引きずり込まないと負けというもので、今回も、読者の方々に小説のエッセンスをしっかり捕まえていただけるシーンにしようと思いました。
加えて、今回は、『さよならドビュッシー』などでお馴染みのピアニスト・岬洋介の父である岬検事も登場させました。死刑制度は、捜査、起訴、裁判という三位一体の上に成り立っていますから、検事の登場は必須。そこで、この問題に真っ向から挑め、検事という職業を体現している人物と考えた時、岬検事しかいなかったというわけです。
今まではアクション・シーンを書くことも多かったのですが、今回は、重い題材をそういうガジェットなしに、どこまで一気読みしていただけるかに挑戦しています。重厚さと読みやすさとは相反するものと捉えられがちですが、そんなことは決してないので、両方が成立する作品にできたらと思っています。
今後は、通り魔殺人の加害者の母が殺害された事件を重く見た岬が渡瀬と協力して捜査にあたりますが、第2の事件が発生。事態はさらに混迷を深めていきます。お楽しみに!
「別冊文藝春秋 電子版1号」より連載開始