書評

言葉の宝石に魅せられて

文: 竹内 政明 (読売新聞論説委員・「編集手帳」筆者)

『名セリフどろぼう』 (竹内政明 著)

 老人ホームに暮らす数人が語らって反乱を起こし、無人電車に立て籠もった。説得に訪れた警備員・吉岡(鶴田浩二)に、老人のひとり辻本(加藤嘉)が語る。世間はどうして、過去の業績や生き抜いてきた人生の山坂に目を向けず、いま現在の老いた姿ばかりを見ようとするのか、と

辻本 

「人間は、して来たことで、敬意を表されてはいけないかね? いまは、もうろくばあさんでも、立派に何人かの子供を育てた、ということで、敬意を表されてはいかんかね?」

 いまから三十年以上も昔に放送されたドラマだが、辻本老人の問いかけは古びていないどころか、いっそう切実の度を増している。短命で終わらせるにしのびない好例として、ご理解いただけるだろう。

 そういう名セリフを紹介しながら、アアデモナイ、コウデモナイと蛇足を書き連ねるということでは前著『名文どろぼう』と同じく、この『名セリフどろぼう』も、ジャンルとしては随筆・エッセイに属するようである。

 茶懐石料理『辻留』の二代目で名匠とうたわれた辻嘉一さんは著書『料理心得帳』(中公文庫)で「理想の出し汁」について書いている。

「昆布とカツオ節を使いながらも、そのいずれをも感じさせない別趣のおいしさを作ること」である、と。

 この十年ほど、新聞のコラムを書いて世渡りをしてきた。世相を斬ることを念頭に置く新聞コラムと、娯楽を主眼とするテレビドラマでは味わいが異なって当然だが、相性が悪いと決まったものでもあるまい。新聞コラムという昆布の味とも、テレビドラマというカツオ節の味とも違う出し汁を召し上がれ……トラック一杯分ほどの手前味噌を恥ずかし気もなく塗りたくれば、そういうことになる。

 新著を送り出すときはいつもそうだが、「気に入ってもらえるかしら?」「評判はどうかしら?」「売れるかしら?」と、疑問符に取り囲まれて身をすくめている。

 脚本家とはありがたい人々で、そういうときに服用すべき名セリフもある。

 四十年ほど前にNHKで放送された『さすらい』(脚本・佐々木昭一郎)のなかで、旅する青年に行きずりの老婆が告げる。何でも悪いほうに考えておけば間違いはないよ、と。日本放送作家組合編・刊『テレビドラマ代表作選集 芸術祭版』より。

老婆 

「明日は雨、船は難船、人は泥棒、そう思って旅しなさい。よっぽど気が楽になるわさ」

 老婆の知恵を拝借し、「本は絶版」とつぶやいてみる。ああ、縁起でもない。

名セリフどろぼう
竹内 政明・著

定価:756円(税込) 発売日:2011年02月18日

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