逢坂 今回、黒川さんと対談するにあたって、久しぶりにこの『テロリストのパラソル』を読み直しましたよ。乱歩賞と直木賞のダブル受賞は、いまだにこの作品だけでしょう? これはミステリーとして読むと、主人公の一人称なのに、その主人公が知り得た情報を隠したりとか、ややアンフェアなところもあるんだけど、それでも乱歩賞を受賞できたっていうのは、やっぱり文章力だね。
黒川 そう、じつに巧い。
逢坂 文章力で乱歩賞を獲った作品というのは、これが唯一じゃないかな。
黒川 文章に、香りがあります。
逢坂 ねえ。もともと純文学志向の人だったしね。
黒川 彼は『ダックスフントのワープ』ですばる文学賞を受賞してますね。
逢坂 だからこれは新人の作品じゃないものね。作中に短歌が出てくるけど、これも自分で作ったのかな。
黒川 そうでしょうね。もともとイオリンは詩が好きやったし。
逢坂 そうなんだ。詩をやる人っていうのは、言葉の吟味が特別だからね。だからこういう緊密な文章になるんだね。
黒川 だいたいIQの高い人って、詩が好きと違います?
逢坂 え! そうなの!?
黒川 なんか、そんな気がします。僕はIQ低いから、よく詩は分からへん(笑)。
逢坂 私も分からないけどな(笑)。もっとも小学生のとき、詩を書いて朝礼で読まれたことがあったな。
黒川 それは、IQ高い(笑)。
逢坂 いや、じつはどこかの雑誌から、盗用したもんでね。まさか、それが読まれるなんて思わないから。いまだにそれがトラウマになってる(笑)。
それはそうと、この作品は1995年、今からほぼ20年前のものでしょう。読み返して多少時代的に古いなというところは当然あるけれど、小説としては十二分に読める。やっぱりキャラクターが立ってるな。
黒川 人を描いてますよ。
逢坂 浅井みたいなインテリやくざとか、いいよね。ただ、あんまり女性を描くのは好きじゃなかったのかな(笑)。
黒川 出てくる女性、頭が良すぎるでしょ(笑)。
逢坂 いやぁ、出てくる女性が美人で賢いというのは、だいたいハードボイルド系の作家の欠点だな。それは私も同じだけど(笑)。
黒川 そうそう。イオリンの描く女の子はハードボイルド系の典型ですね。頭が良くて、洒落たことを言うて、アバズレではなくて……。
逢坂 彼のほかの作品、たとえば『シリウスの道』なんかでは、地の文で女性を○○子と書かないで、苗字で書くんだよ。男と対等に扱ってるんだね。そういうスタイルにこだわっているんだなということは、同じ書き手として感じましたね。
黒川 僕がイオリンの作品を読んでただひとつ言うたのは、出てくる人物がみな賢すぎるってことです。もうちょっとアホを出したらいいんちゃう、と言いました。
逢坂 そう言われてみるとそうだね。どんな人物でもインテリくさい。
黒川 みんな偏差値が高い。それはイオリンが頭がいいから、人をそう見ていたのかもしれないけど。
でも乱歩賞に関しては、後年本人から聞きましたけど、最初から自信満々で、絶対に通ると思って応募した、と言うてましたね。
逢坂 ああ、そうだろうね。
黒川 この作品はミステリーの観点からはちょっとご都合主義的なところもあるけど、やっぱりキャラクター造形とか文章力は圧倒的に違うと、自分では思ってたんでしょう。
逢坂 確かに。でも、応募するときはみんなそうじゃない? 私だって、「オール讀物」の推理小説新人賞に応募するとき、これで当選間違いなしと思ってたもの。ポストに投函したときの、「ぽとっ」て音が「当選」て聞こえた(笑)。やっぱりそう思わないとダメでしょ、作家は。
黒川 あはは。僕は全然、そんなふうに思ってませんよ!
逢坂 いやいや、作家っていうのは、自分が書いたものがいちばん面白いと思わなくちゃ、やっていけない商売ですよ。人の書いたものの方が面白かったら、それを読んでる方が楽でいいじゃない。これだったら、自分のほうが巧く書けると思うから、作家になるんでしょう。
黒川 イオリンは、借金がたまったから乱歩賞の賞金と売り上げ印税を狙って書いたと言うてましたよ(笑)。もちろん、多少の諧謔はあるかもしれんけど。