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『羊と鋼の森』に感動の声。読者が選んだ「私が好きなこの一文」

文: 「本の話」編集部

『羊と鋼の森』 (宮下奈都 著)

 2016年の「本屋大賞」第1位に選ばれた宮下奈都さんの『羊と鋼の森』は、静謐で美しい文章と、調律師として理想の音を追い求める主人公の青年の姿に、共感の輪が広がりました。その結果、2016年上半期の小説ベストセラー第1位に。  読者の方は、この作品のどこに感動したのでしょうか。『羊と鋼の森』で最も好きな一文(80字以内)を募集したところ、多くの投稿をいただきました。

『羊と鋼の森』(宮下奈都 著)

「才能」とは何だろう? 主人公の葛藤、調律師たちの思い

 調律師の専門学校を経て、希望通り板鳥と同じ楽器店に就職した外村ですが、音を合わせても合わせても何かがずれた感じがして、足踏みしているような気持ちになります。そんなとき、板鳥がかけた言葉です。

こつこつと守って、こつこつとヒット・エンド・ランです。(P.16)

「仕事が思うようにいかずモヤモヤとしていたときに読んだこの一言がすっと心に沁みました。調律師のように繊細な仕事ではないけれど、周りに気を遣ったり締切に追われたり、どうしても焦ってしまう自分にさらにイライラするような毎日。『羊と鋼の森』を読みながら、落ち着く時間を得ることができました。毎日頑張り続けても大きな変化や成果はないけれど、この毎日を大切に過ごしていきたいと思いました」(福井県 25歳 女性)

 楽器を弾いていた経験があるわけではない外村は、すぐにひとり前の調律師として認められる訳でもなく、悩み迷う日々が続きます。時に、職場の先輩調律師や事務の女性にも悩みを打ち明けます。

 ある日、外村が先輩調律師の柳に「調律にも、才能が必要なんじゃないでしょうか」と聞くと当然のように「そりゃあ、才能も必要に決まってるじゃないか」という返事が返って来ます。外村は自分に言い聞かせます。

経験や、訓練や、努力や、知恵、機転、根気、そして情熱。才能が足りないなら、そういうもので置き換えよう。(P.125)

「今私は、部活動を頑張っています。才能さえあればと感じることは山ほどあります。でも、才能が無いと気づいたからと言ってあきらめられるわけでもありませんでした。そんな時にこの一文(本当は特にこの一ページを載せたかったのですが、抜き出しました。)に出会い、分かってはいるんだけど、そうだよな。と改めて考えさせられました。すぐに才能という言葉を出してはダメだ、努力だけでもまだ上がれる可能性はあるんだと前向きになりました。この言葉は、対象を本当に愛していて、出来るようになりたいと思わないと出てこないと思います。主人公の、静かだけど調律に対しての熱く、強い想いがひしひしと伝わる一文だと感じたので選びました」(茨城県 17歳 女性)

 すると、柳が静かに声をかけます。

才能っていうのはさ、ものすごく好きだっていう気持ちなんじゃないか。どんなことがあっても、そこから離れられない執念とか、闘志とか、そういうものと似てる何か。(P.125)

「努力していてもなかなか報われないとき、もうダメだと挫折しそうなとき、こんなふうに言ってくれる人がいたら本当に嬉しいのじゃないかと思う。好きな道を進んでいくときのエネルギー源って、こんなちょっとした言葉なんじゃないか。自分が若いころにこんなことを言ってくれる人がいてくれたらなぁと思ったりする」(福井県 56歳 女性)

「自分自身に置き換えて、この本を読んでいました。自分には一体何ができるっていうか? 才能なんて、あるのか? 今、実は転職活動をしています。20年前、大学生として就職活動をしていた頃、自己分析で悩んでいた自分から、全く成長していないな、そう凹んでいました。でも、この本は私に勇気をくれました」(埼玉県 42歳 男性)

「偉くなったり、有名になったりすることにどれだけの価値があるのか、今の私にはわからない。若いときは、何かがむしゃらに突き進んできたけれども、自分の好きなことを毎日やり続けられることが本当は一番の幸せなのではないかと思う。とんがってイライラしていた自分に気づく一節。『ニュー・シネマ・パラダイス』みたいです」(神奈川県 50歳 女性)

 こうした会話からは、「才能」という言葉に向かいあっているのは、実は外村だけではないことも、自然と窺い知れてくるのです。先輩調律師の秋野の言葉に、外村はこう思います。

才能があるから生きていくんじゃない。そんなもの、あったって、なくたって、生きていくんだ。(P.224)

「才能なんて何もない自分にすごく響きました。好きなことはあるけれど、何も出来てなくて。でもこの一文を読むと、そんなこと関係なく、こつこつこつこつ、好きなことをやり続けて生きていくんだ、って力がわきました」(大阪府 53歳 女性)

 そんな経験のなかで、外村にも自分がやりたいことが徐々に見えてきます。

わがままが出るようなときは、もっと自分を信用するといい。わがままを究めればいい。僕の中のこどもが、そう主張していた。(P.172)

「無邪気な少年期や血気盛んな青年期を過ごさなかった主人公が、和音(かずね)の音を作るために柳の忠告を無視して初めて行った『わがまま』。主人公が成長する起点となる大切な一文だと思います」(群馬県 59歳 男性)

「誰でも持っているいいところを大事にするというところは、宮下さんの小説を読んでいて印象に残るところです」(滋賀県 49歳 男性)

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羊と鋼の森宮下奈都

定価:本体650円+税発売日:2018年02月09日