インタビューほか

一度は可能性ゼロに近づいたオバマ大統領広島訪問。悲願実現の舞台裏に迫る

「本の話」編集部

『オバマへの手紙 ヒロシマ訪問秘録』 (三山秀昭 著)

 5月27日、アメリカの現職最高指導者のバラク・オバマ大統領が、被爆地・ヒロシマを訪問した。もちろん前例のないことで、まさに歴史上の画期的なエポックであった。  ただ、オバマ大統領のあの文明論的なスピーチと、米兵被爆死者の調査を続けてきた森重昭さんとの抱擁シーンは誰もが覚えているが、どんなプロセスで、あの歴史的訪問が実現したのか、となると、誰も知らないのではないか。日米政府ともその経緯は明らかにしていないし、今後もしないだろう。  本書は、この歴史的訪問の実現を水面下で動かした現地メディア社長が、日本政府、ホワイトハウス内部、広島市、広島県に食い込んでウォッチした、秘話満載のインサイドドキュメントである。

――しかし、伊勢志摩サミットになりました。どんな裏ストーリーがあったのですか?

 これも、本書の〈第7章「伊勢志摩」サミットに決まる裏ストーリー〉に詳細を書きましたが、幾重ものインサイドストーリーがあります。

「伊勢志摩」は安倍首相が決めました。他の候補地は地元が誘致の名乗りを上げたのですが、伊勢志摩は安倍官邸が陰の力で、立候補するように誘い出し、自作自演で決めたのです。もちろん、会場のホテルが陸地と橋2本だけでつながっている島にあるので、警備面で優位だったのですが、やはり安倍首相の伊勢神宮への特別な思いが大きかったと思います。

 ただ、それがなくても、広島はむずかしかった。というのも、腰を抜かすようなシークレット情報があとからわかったのです。それは、ケネディ大使が日本側に、「オバマ大統領の心情」として、「大統領はサミットが広島開催だから結果として広島に行くという形は望んでいない。仮に広島に行く場合は自らの意思で訪問するという形を取りたい」と、極秘に伝えていたというものです。ホワイトハウス高官も、国務省も、広島でのサミット開催について、「Good idea」としていましたが、オバマ自身は違ったのです。碁でいえば1目先だけでなく、2目、3目先を読まなければいけなかったのです。仕掛人の一人として恥じ入るばかりです。こうして広島サミットは消えましたが、「伊勢志摩」に決まる経緯から、逆にオバマの広島訪問の可能性は残っていると読めました。

――本書は、日米間の国際政治のインサイドストーリーが満載ですが、オバマの「核なき世界」のプラハ演説から、広島訪問実現まで7年間、日米間には一体何があったのですか。裏面劇を教えてください。

 ここは大変興味深いエピソードが満載です。まず、オバマ大統領は任期中、4回訪日しています。2009年11月、10年11月、14年4月、そして16年5月です。最初は09年1月に就任し、4月のプラハでの「核なき世界」演説、それが評価されてのノーベル賞受賞(10月)を経ての11月の初訪日です。

 大統領の初訪日に先立ち、ジョン・ルース駐日大使は外務省の藪中三十二次官と広島訪問について非公式に意見交換しています。ただ、その年の9月に民主党を中心とする鳩山由紀夫政権が誕生したばかり。しかも鳩山首相は沖縄の米軍普天間基地の移転に関し、「最低でも県外」と日米合意をひっくり返す見解を表明して、日米関係はギクシャクしており、藪中次官もこの時点での広島訪問には消極論を伝えるしかなかった。このため、大統領はサントリーホールに各界代表を呼んで演説、そこにオバマブームに沸いていた福井県小浜市の市長を招待するなどの演出で終わりました。

 2回目は横浜市で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の際の訪日。この時、日本は菅直人内閣になっており、日米関係は進展しないままで、オバマ大統領は「子供のころ、訪ねたことがある」という鎌倉大仏を楽しんで日程を終えました。

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オバマへの手紙 ヒロシマ訪問秘録
三山秀昭・著

定価:本体780円+税 発売日:2016年09月21日

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