「五分の魂」という言葉は、ある大企業の仕事を受けた際のエピソードとともに語られた。
“納入後現金払い”の約束で受けた仕事だったが、社員が出向くと、渡されたのは半分は現金だが、あとの半分は手形だった。創業者は自ら手形を返しに行った。「ウチの手形を突き返してきたのは、おたくがはじめてや」という担当者に、居住まいを正して「品物を返してもらいましょうか」と迫った。創業者はこう述懐した。
「商売ちゅうものは、あくまで一対一。相手がどんなに大きくても、こちらがちゃんとした仕事をしている以上、対等や。一寸の虫にも五分の魂。その誇りを忘れたら将来は開けんぞ」
「スピードこそ最大のサービスだ」は、特に印象深い実体験から生み出された言葉である。
一九五九年の暮れも押しつまった頃、六百坪の倉庫建設の契約を交わしていた新三菱重工業の広島・三原製作所の所長から電話がかかってきた。 「三月十日竣工の予定を、一月二十四日の完成に早めてもらえないか」
およそ百日間の予定を、五十日間でやれと!? “冗談じゃない”と思ったが、相手も必死の様子だ。創業者は、「やりましょう。そのかわり、列車も特急券は普通の二倍ですから、二倍いただきます」。「賃金三倍」の募集広告で職人を集め、六百坪の倉庫を一気に完成させてしまった。
一月二十日、竣工した建物を案内しながら、「なぜこんなに急がれたんですか」とたずねると、所長は岸壁に横付けになっている大型貨物船を指さした。機械類を積んでいるが、揚げる場所がない。一月中に揚陸すれば停船料は一千万円ですむ。しかし二月に入ると二倍の金額になる。大手建設会社に見積もりを頼むと五月末の完成で五千八百万円、停船料は五千万円を払わなくてはならない。所長は感謝して言った。
「大和ハウスさんが、一月中に二千四百万円で仕上げてくれたので、差額を考えるとたいへんな儲けですよ」
このたび刊行した『熱湯経営』第二弾、『先の先を読め』で私は、創業者が残した五十一の言葉をあげ、その言葉に結晶した、モノ作り、人材育成法、営業のツボ等々の経営のヒントを伝えたいと考えた。
そして石橋信夫という人物像を描くことは、事業成功の秘訣にとどまらず、「国民の暮らしに役に立つものを作りたい」という「公」の志の大切さを、今の時代に伝えることになるはずだとも確信している。
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