書評

『贄の夜会』の刑事たちが無縁社会の闇に挑む。大人の鑑賞に堪える警察小説

文: 中辻 理夫 (文芸評論家)

『無縁旅人』 (香納諒一 著)

『無縁旅人』 (香納諒一 著)

 バリエーションをたくさん持つ作家が優れているのか、逆にワンパターンを繰り返して多くの読者に愛される作家が優れているのか。そう簡単に解答は出せない。おそらくこれから未来永劫、誰も解答は出せないだろう。

 香納諒一は前者の部類に入る。本書『無縁旅人』は警察小説であるけれど、さほどハードな展開になってはいない。むしろ、端正な雰囲気が感じられる。大人の鑑賞に値する作品と言えようか。社会派ミステリの要素が強い。こういう作品を書き上げるところから、香納諒一のバリエーションの豊かさが感じられるのである。

 

 振り返ればこの作家は一九九一年のデビューだ。「ハミングで二番まで」が小説推理新人賞を得た。当時二十代の後半で、比較的若い年齢でのデビューだろう。翌一九九二年に出した第一長篇『時よ夜の海に瞑れ』(後に『夜の海に瞑れ』と改題)が一人称語りの私立探偵小説であるため、しばらく読者からはハードボイルド作家というイメージで捉えられていた。

 ハードボイルドとは何ぞや、という定義は人それぞれだし、いまだ決定的な結論は出ていない。ただ、孤としての自覚を強く抱いている主人公が社会全体の喧騒に安易に巻き込まれず、独自の人生哲学を貫き通す生き様がハードボイルド小説の成立する条件、とは言える。

 加えて重視すべきは、文体だ。

 小説において主人公のキャラクターと文体は切り離せない。かなり以前にさかのぼれば、第二次大戦終結後、邦訳輸入されたダシール・ハメット、レイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルドたちの文体を手本として、日本人作家もハードボイルド・ジャンルに挑み始めた。

 ひとことで言えば、感情を抑制した文体である。社会の喧騒に合わせるためにはある程度はしゃぐことも必要だけれど、そのはしゃぐ気分を抑制している。

 大藪春彦、結城昌治、生島治郎は日本ハードボイルド史に名を刻み、その後、北方謙三、大沢在昌、志水辰夫らが登場する。一九九〇年代の香納諒一は、この流れの仲間に入っていたようだ。

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無縁旅人
香納諒一・著

定価:本体870円+税 発売日:2016年11月10日

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