第二作の本書でシリーズは本格稼動を始める。表題作は、手妻芸人の母の助手を務めていた少女が、高座の上から消失するという謎が描かれるというものだ。葛籠の中に入った少女がそこから脱出するという手妻の不思議に、衆人環視の高座から人が消える、という状況も加わった魅力的な謎解き篇だ。いわば二重の密室状態で、少女が中に閉じこめられた葛籠が内側の密室、観客から注目されている高座が外側の密室というわけである。
舞台の上を衆人環視の密室と見なす作品には小栗虫太郎「オフェリヤ殺し」(扶桑社ミステリー『失楽園殺人事件』他)、横溝正史『幽霊座』(角川文庫)、クリスチアナ・ブランド『ジェゼベルの死』(ハヤカワ・ミステリ文庫)などの先行諸作があるが、本篇も寄席の高座ならではの特徴を生かした内容でおもしろい。和風の小道具で密室を構成しただけではなく、手がかりの出し方にも芸がある。高座と楽屋にあるものを総動員した、実に手の込んだ謎解きである。
もう一篇の「鈴虫と朝顔」は、「ひとろく」(落語家・講釈師の「真打」にあたる)昇進がかかった高座で不可解な行動をとった太神楽芸人の謎が描かれる。動機の問題を扱ったミステリーというべきであり、「場の特殊性」が謎を構成するための重要なピースとして使われる。「場の特殊性」とは、その世界に属する人だけが共有している排他的なルールのことで、エラリイ・クイーン『第八の日』(ハヤカワ・ミステリ文庫)のような、閉鎖的なコミュニティの中で起きた事件を描くミステリーなどで象徴的に用いられることが多い。『第八の日』ほどに特殊な形ではないが、本篇の場合も登場人物が芸人であるということが大きな意味を持つことになる。演芸の世界を単に背景として用いるだけではなく、そこで暮らす者の生理そのものが謎解きの要素に組み込まれているのだ。
この二作によってシリーズの特徴がはっきりと示されることになった。第一の特徴はミステリーとしてのもので、武上希美子と稲木義蔵の二人が探偵役を務める連作、という点だ。登場人物と小道具に舞台の特質が現われるので、知らない人が読むと新知識を得る楽しみがあり、寄席に親しんだ人が読むと膝を打つような喜びがある。第二の特徴は教養小説としてのそれで、武上希美子という女性が第二の人生に歩み出していくさまが描かれる。〈神田紅梅亭寄席物帳〉との違いは、「お仕事小説」のおもしろさもあることだろう。慣れない世界で奮闘する希美子の姿は、多くの読者の共感を呼ぶはずだ。第三に、家族小説の魅力がある。希美子は幼い頃に父母の離婚を経験し、親代わりの祖母と暮らしてきた。そうした事情の裏側が、個々のエピソードを通じて少しずつ明かされていくのである。寄席での経験を積むことが本来の自分発見につながっていき、青春小説のあり方としても巧い。第四の特徴は、本書が演芸小説の性格を持っていることだ。演芸小説にもいろいろあるが、初心者にその世界の魅力を垣間見せてくれるという要素が本書にはある。読者の中には、ご自分でも寄席に足を運んでみたくなったという方が必ずいるはずだ。
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