- 2015.11.10
- 書評
驚天動地のどんでん返しもある! 恩田エンターテインメントの集大成
文:大森 望 (書評家)
『夜の底は柔らかな幻』 (恩田陸 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
おりしも、今は闇月。弔いの季節にあたるこの時期には、なぜか在色者の力が強くなるため、腕に覚えのある数百人の犯罪者や密入国在色者が山に入り、頂上を目指す。彼らが戦う殺人ゲームに勝ち残った最後のひとりが、ソクの称号を得て、フチを支配できるのだという……。
対するヒロインの有元実邦も、実はバイアスロンのオリンピック代表という経歴の持ち主。めまぐるしいアクションの合間に、多彩な登場人物たちの過去が少しずつ明かされ、秘められていた実邦の目的や、イロに隠された真実が浮かび上がってくる。水晶谷に隠されたホトケとは? 水晶筋がなぜ在色者に影響するのか?
ファンならご承知の通り、超能力者の物語は著者の十八番。『光の帝国』『蒲公英草紙』『エンド・ゲーム』と続く《常野物語》シリーズや、恩田版『ファイアスターター』(スティーヴン・キング)ともいうべき『劫尽童女』など、著者はさまざまな超能力者を描いてきた。しかし、サイキック対決の要素をここまで前面に押し出したのは本書がはじめてだろう。
この文庫版の巻末に「あとがき」として特別収録されたエッセイ「『地獄の黙示録』をやる、という初心で始めた小説」(〈本の話〉二〇一三年二月号初出)にも書かれている通り、出発点は、ウェブ雑誌〈SF ONLINE〉の一九九八年十月二十六日号に掲載された短編「イサオ・オサリヴァンを捜して」(現在は、新潮文庫の短編集『図書室の海』に収録)。というか、著者にはもともと、ルーシャス・シェパードの近未来超能力戦争SF『戦時生活』にインスパイアされたベトナム戦争ものの長編『グリーンスリーブス』の構想が先にあり、その予告編として書かれたのが「イサオ・オサリヴァンを捜して」だった。
表面的には本書とまったく関係ない短編(本書のラストで明かされる謎と若干のつながりがあるだけ)なので、先に読む必要はありませんが、気になる人は、本書を読んだあとでそちらに目を通すと、なるほどと納得するかもしれない(ところで、前述の「あとがき」は、本書の設定について若干のネタバレを含んでいるので、あとがきから先に読むタイプの人は注意。って、もう遅いか)。
ちなみに、この『グリーンスリーブス』は、九八年五月に開かれたイベント「SFセミナー1998」の恩田陸インタビューで著者が披露した長編の構想十一作(!)のひとつ。結局、いまにいたるまで『グリーンスリーブス』は書かれておらず、日本編が先に発表されたことになる。ついでに言うと、このとき恩田さんが披露した構想(タイトルとおおまかな内容)のうち、『月の裏側』『ライオンハート』『ロミオとロミオは永遠に』『ユージニア』『夜のピクニック』の五作はすでに刊行済みで、『闇の絵本』は連載中、『グリーンスリーブス』は予告編のみ、『ピースメーカー』は取材記のみ発表されている。残りの三作、『草の城』『海鳴りとめまい』『夜舞うつばめ』は(少なくとも当時の構想とタイトルのままでは)まだ作品化されていない――と、以上、余談でした。
ともあれ、このときから長い熟成期間を経て完成した大作『夜の底は柔らかな幻』は、オールスターキャストで上演される恩田エンターテインメントの集大成。題名に象徴される静かで幻想的な光景と、超能力を駆使した激しいバイオレンスが絶妙のコントラストをなしている。アクションだけでなく、比類ない恐怖と緊密なサスペンス、詩情と旅情、そして最後には驚天動地のSF的どんでん返し(まさか、仏像にそんな意味があったとは!)までプラスされる。この徹底したサービスを心ゆくまで堪能してください。
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