書評

叙事詩に昇華した武将の生涯

文: 島内 景二 (国文学者・文芸評論家)

『越前宰相秀康』 (梓澤要 著)

 史伝というジャンルを確立し、それにふさわしい文体を編み出したのが、森鴎外だった。『渋江抽斎』は、歴史小説の文体の一つの極致として、現在までそびえ立っている。

むろん梓澤要は、鴎外とは違う歴史の文体を編み出した。それによって、歴史小説の生命である批評精神の新しいスタイルを、彼女は手にした。

 歴史批評とは、歴史の奔流の中に果敢に身を投じて、流れに乗ろうとしたり、流れを止めようと志しながらも、結局は歴史に翻弄されてしまう「人間」という存在の不幸と幸福とを見守る営みであろう。それが、歴史のDNAとも言うべき「天の意志」を浮き上がらせる。

 さらには、天の意志と戦った人間という存在の、狂おしいまでの愛いとおしさが、浮かび上がる。人間は、天の意志を体現した歴史の前には、常に敗北を運命づけられた敗者である。だが負け方にも、さまざまな負け方がある。その中から、見事な敗れ方をした人間を発見し、その敗北に秘められた真実を「滅びざるもの」として顕彰するのが、歴史小説家の使命である。

 男と女の二つの視点を融合するように、歴史小説家は「天と人間」の二つも統合しなければならない。そうすることで、過去と現在をつなぐ新しい文体が生成される。

 かくて、優れた歴史小説は、叙事詩へと近づく。梓澤要の『越前宰相秀康』は、叙事詩であると言ってよい。男も女も、老いも若きも、主人公に感情移入することが可能となる。主人公を語る叙事詩の文体に、この小説は限りなく近づいている。

 さて、この叙事詩の主人公に選ばれたのが、結城秀康である。彼は徳川家康の次男に生まれ、越前福井藩の祖となった。将軍家の一門として、松平を名のることも許された。だが、将軍になれなかった事実が示しているように、父から愛されぬ子であった。

 ちなみに、菊池寛の『忠直卿行状記』や海音寺潮五郎『悪人列伝・近世篇』で、悲劇的な人生が描かれた松平忠直の父が、この結城秀康である。悲劇の主人公が、二代続いたことになる。

 家康と言えば、六男の松平忠輝を愛さず、恐れたことでも知られる。忠輝の前半生を描いた隆慶一郎の『捨て童子・松平忠輝』と、秀康の死までを描いた梓澤要の『越前宰相秀康』を合わせ読むと、両者の差異が際立つ。隆は、英雄の「生」のエネルギーに着目して、血湧き肉躍る物語性を復活させた。対する梓澤は、若い死を宿命づけられた英雄の生を凝視して、人生や歴史の本質をあぶりだす叙事詩を現代文学に復活させたのである。

 三十四歳で死んだ秀康を描いた叙事詩的小説は、『越前宰相秀康』と命名されている。タイトルからは、「結城」や「松平」という名字が、意図的に消されている。ここに、秀康の悲劇の根源があるからだ。秀康という名前は、豊臣「秀」吉と、徳川家「康」の名前を合成したものである。秀康は、家康の実子だが、秀吉の養子(猶子)ともなった。そして、秀吉の意向で、北関東の「結城」晴朝の婿養子となった。

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越前宰相秀康
梓澤 要・著

定価:750円+税 発売日:2013年11月08日

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