最後に個人的な思い出を。
『新月譚』の連載が始まったのは、「別册文藝春秋」の二〇一〇年七月号だった。
第一回を読んだときの衝撃が、昨日のことのように思い出される。渡部が咲良怜花のもとを訪れる冒頭部から、まったく無駄のない張りつめた描写が続く。渡部が咲良の作品に夢中になった高校時代を回想する場面では、作品に対する渡部の批評が、冷静な中にも熱意をはらんで語られ、その熱気が文章の間から濃密に立ちのぼっている。「これはただごとでない作品だぞ……」と興奮した。「別册文藝春秋」は二か月に一度の発売だが、連載中はその二か月が待ち遠しくてならなかった。
毎回読み終わるたびに、感想をツイッターに上げた。書籍の刊行時には、他の書店員と協力してフリーペーパーを作って拡販した。出版社も最大限の協力をしてくれた。何の自慢にもならないが、全国に本を売るのが得意な実力派書店員があまたいるのに、私はかなりものぐさな人間だ。そんな私でもそうせざるを得ないほどの力を持った作品が『新月譚』だった。単行本は二千円を超える定価だったが、それでも文芸単行本ではめったにない、三桁の数が売れた。男性のお客様が多い当店では珍しく、女性のお客様が買い求めてくださる姿を多く見かけた。
そもそも、作家が作家を描くということ自体、よく分かっている世界を扱うぶん、かえって困難な行為だと思うが、男性作家である貫井徳郎が女性作家を主人公にするというのはなおさらだろう。一作ごとに新しい表現や内容に挑んできた貫井徳郎にしても、実に果敢な挑戦だったと思う。そして多くの女性読者や女性書店員が『新月譚』を支持したという事実が、その挑戦の成功をはっきりと示している。
今回の文庫化で、この傑作がさらに多くの人々に読まれるであろうことがとても嬉しい。もちろん書店員として、単行本の時と同様に大きく拡販していくつもりだ。
ぜひ買ってください! お願いいたします!
新月譚
発売日:2015年06月19日
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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