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シリーズ20年目の美しき大団円

シリーズ20年目の美しき大団円

文:温水 ゆかり (エッセイスト)

『これでおしまい――我が老後』 (佐藤愛子 著)


ジャンル : #随筆・エッセイ

 この最終巻でももちろんその味は変わらない。が、章題にもれなく「とりとめもなく~」とあるように、寄り道・うら道・迷い道に分け入ったあげく、壁におでこをぶつけて急旋回、タッタッタッと本路に戻ってくるテンポに格別のおかしみが宿る。

 たとえば「とりとめもなく嘘について」は、こんな風だ。読者からの電話で嘘を楽しんだ遠藤周作氏を偲び、返す刀でその昔自分にかけられた“スケスケのネグリジェ着用疑惑”を思い出して「ムナクソ悪」くなり、広島への原爆投下直後、次兄の死を知らせる電報に、父紅緑が「まだこんな嘘をつくか!」と怒鳴った悲喜劇を回想。現代に戻ってオレオレ詐欺が高度に手の込んだ芝居仕立てのフリコメ詐欺に進化した世相に怒り、犯罪繋がりで著者50代、白昼押し入ってきた強盗に「私が佐藤愛子だよ。それがどうした!」と一喝した勇猛を披露、そのとき目撃証言の食い違いから、自分の書いていることも「半ボケによってはからずも『嘘』になっているかもしれない」と、自己懐疑に着地する。滋味と妙味のえも言われぬブレンド。文は人なり、これぞエッセイの醍醐味だろう。

 ほかに、希薄な人間関係と濃厚なるヒトとペットの関係を描く「とりとめもなく『キモチ』の話」(見よ、著者と元捨て犬ハナとの種を超えぬ苦み走った関係を)、男が「チョッピリ」を使っていい場合とそうでない場合を厳しく点呼する「とりとめもなくチョッピリの話」(そう、男のチョッピリはサブイボが立つのだ)、「頭が爽やかだった頃」のフレーズに思わず吹き出す「とりとめもなく『ボケ』話」、ゴルフの天才の浮気大王ぶりから草食男子の激励にいくつもりが、孫娘とのセキララ談義で力尽き、花道をすごすごと引き下がる力士気分になる「とりとめもなくタイガー・ウッズについて」、大島(元自民党)幹事長のコワモテ顔を確認したいばかりに、ストーブの上にあった薬罐の熱湯滝を浴びる惨事を引き起こす「とりとめもなく『今年の春』の話」など、年月の甘露と渋みが交錯する16篇。日本語の空疎化問題も道連れに、87歳で筆を擱く最終章「粛々と終る」の大団円の花火も、また美しき男前だ。

 が、読後、これで最後という無念が雲散霧消していたのは不思議だった。糊のきいた話をする背筋美人のおかみに“今日で看板を下ろします”と言われても、“嘘だろ、どこ引っ越すの?”と聞く岡惚れ中年サラリーマンの気分である。「完老」という秀逸な造語を産み出したからには、先達として「遠い昔の『元気の亡霊』が啾啾と啼く」様も、ぜひもっと。でないと、老のとば口に立つ我々、ねぐらをなくして野犬化してしまうではないですか!

文春文庫
これでおしまい
我が老後7
佐藤愛子

定価:715円(税込)発売日:2014年05月09日

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