──作品集『院長の恋』は、平成十二年に『血脈』を完結されて以来、初めての小説になりますね。
佐藤 『血脈』を書いたあと、小説が書けなくなってしまったんですよ。それで、エッセイばかり書いていました。
──先生のエッセイには熱心なファンがいらっしゃって、日々、読者からの手紙が届きます。
佐藤 私の読者は「エッセイを読んで元気づけられた」って人がほとんどで、小説の方は読者から評価されることが少ないんですよ(笑)。
──そんなことはないです。『血脈』にも読者から大きな反響がありました。
佐藤 「『血脈』を読んで勇気づけられた」って手紙も貰ったわね(笑)。特に不良息子に苦しめられている親御さんなど。うちは一人だけど佐藤家は四人もいるって。しかしそうこうしているうちに、エッセイを書くことにほとほと飽きてきたんです。エッセイと小説とでは、発想の仕方が全く違いますのでね。だんだん、小説をまた書いてみたい、という気持ちになってきたんです。
──具体的なきっかけはあったのでしょうか。
佐藤 三年程前に、ある編集者が、私の心霊関係の本に関するインタビューに来られたんです。
──『私の遺言』や『冥途のお客』などに超常現象体験を記されていらっしゃいます。
佐藤 その時の雑談で、その人のおばあさんが「あすこに座っているのは誰だ」としきりにいうようになったので、みんなで「ボケた、ボケた」といっていたんだけれども、もしかしたら幽霊がそこにいて、祖母にだけ見えていたのかもしれないですね、といったんですよ、その人が。
──そのエピソードが、「オール讀物」平成十九年一月号に掲載された「離れの人」に結実したのですね。
佐藤 それが、ずーっと私の中に生きていたのね。あの話なら気楽に書けるかもしれない、と思ったんですよ。ほぼ六年ぶりですからね、小説を書くのは。うまく書けるかどうか、自信はなかったですね。エッセイばかり書いていたので。そうしたら不安に思っていたよりも、どうにかうまくまとまったので、面白くなってしまった。
──小説を書くことが?
佐藤 ええ。エッセイを書くよりも充実感があるのね。自分の好きなように人物を動かしていけるし、人間造型の面白さがある。
私はね、人間というものに対して非常に興味があるんですよ。憎まれ口を叩くのが佐藤愛子の看板みたいになっていますから、ほんまかいなと思われるかもしれないけど、私ってほんとに、人が好きなんです。怒りながらも人が好きなのね。好きだから怒るのかも。書いていてとても楽しいわけですよ。
──エッセイよりもですか?
佐藤 エッセイってしんどいんです、読者を意識するから。小説の場合は、読者を意識しないの。面白く書こうとか、読者を笑わせようとか、そういうことは全く考えずに、ただ人間をじっと見つめて、人物造型をする。「オール讀物」編集部からエッセイをください、とよく言われましたけど、いや、当分は小説を書かせてください、とお願いしました。
──「離れの人」は今回の短篇集の中でも特に気に入られているそうですね。
佐藤 目覚めた作品ですからね。
──昭和四十八年に「オール讀物」に載った「こたつの人」という短篇も、少し似た設定で、家族の輪に入っていない老女が登場しましたね。
佐藤 テーマは全然違いますがね。あの時は、嫁の浮気現場を押さえて対等に戦おうとするばあさんの情念みたいなものを書きました。当時『恍惚の人』を書いていた有吉佐和子さんが、とても面白かったと、電話をかけてきてくださったんですよ。私は徹夜仕事明けで寝ていて、直接お話し出来なかったのですが。
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