内田樹先生と最初に会ったのは、二〇〇一年頃のことでした。先生がワインを持って僕のクリニックを訪ねてきて下さったんです。「ワイン冷やしときましょう」という気さくな会話から始まった出会いでしたが、その頃から常人を超えたスケールを感じていました。
僕にとっては、伝家の宝刀ならぬ「先祖伝来家宝の鼓」のような存在とでもいいましょうか。どんなへっぽこな発言でもぱっと受け入れてみごとに展開したり調子を整えたりして下さる。だから、先生との対話は実は内心、こういうふうにバチを添えたらこの天下の名品はどう鳴るのだろう、という感覚に近いのかも知れない。無意識に、お互いに最高のパフォーマンスを引き出そうとしているのだと思います。
本書誕生のいきさつは冒頭(立ち読みできます)に書かれている通りですが、実はあれ以来今に到るまで、編集の安藤さんからずっと謎かけのように、「邪悪なものとは何か」というテーマで書けと言われ続けているんです。というのも、正に本書のテーマで内田先生と甲野善紀先生と一晩語り合って本にしようということになったのですが、有馬温泉の旅館に泊まって鴨鍋を食べて、僕らはすっかり悦に入ってしまった。宗教、犯罪、UFO、邪悪な闇をめぐってディープな話が、もう打ち出の小槌のように出て来た結果、あまりにディープな話だったので、全部お蔵入りになってしまったからなんですね(笑)。
その晩のことでひとつ鮮明に覚えていることがあって、内田先生が突然、「臨床的にみて邪悪なものの本質って何なんですか?」と尋ねられたんです。僕は発作的に、「世界を一色に塗りつぶそうとすることです」と答えました。もう十年前の発言ですが、当たらずとも遠からず本質を突いていたことを、本書を読んで再確認しました。
どれだけその主張が正しくても、ひとつの法則にあてはめ、強要しようとすることは邪悪です。この正しさに相手を染めてやろうと思ったときに、たとえ普段その人がいい人であっても邪悪なものが起動する。それは必ず人を疲弊させ、人生を台無しにします。邪悪なものさえ、正しいことは言うのです。
「正義の人」が権利主張をするとき、しばしば怒りとセットになっています。とにかく機嫌が悪いんですね。周りのせい、社会のせい、国家のせいにして、不満を抱えています。臨床の場で僕は常々、「怒りすぎたらいけません。怒りを原動力にしていたら、人生破壊されますよ」と言ってきましたが、怒っている人は、自分と少しでも利益の相反する人を敵対視します。
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