- 2015.10.27
- 書評
ハルチカが本編の謎に迫る! 初野晴による、解説にかわる特別短編「究明するひと」
文:初野 晴
『運命は、嘘をつく』 (水生大海 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
「しっ。隠れて」わたしはハルタの頭を乱暴に押さえてしゃがみ込んだ。
丈の高い草むらの先に、段ボールハウスやブルーシートでつくられたテントが立ち並ぶ一画があった。
将棋を指しているひと、集めた空き缶をひたすら潰しているひと。
お酒のようなものを飲んで陽気になっているひと。
歳を取っているひとが多い。日焼けのせいか、顔の深いしわの陰影が、まるでニスで塗りかためた木彫り人形……七福神みたいに見える。
「ホームレスが住む場所のようだね」とハルタがつぶやいた瞬間、
「ここはおまえらのような若者が来る場所じゃない。帰れ」
いきなり真後ろから低い声が飛んできた。コントラバスの太い弦を響かせたような声音にびくっとしてふり返ると、立派な顎鬚(あごひげ)を持った禿げ頭の男が仁王立ちしている。黒の厚手のコートにゴム長靴姿で、鋭い眼光がわたしたちを見据えていた。
思わず身が竦(すく)んだが、そばにハルタがいるし、わたしは怯まずに立ち上がる。第一印象が勝負だ。
「あのっ。ここにガンさんとツヨシくんという方はいらっしゃいますか?」
元気よくたずねると、禿げ頭の男は胡乱(うろん)そうな表情を浮かべた。
「ガンさん? ここでガンさんって呼ばれているのは、お、俺のことだが……」
「ああ、よかった」わたしは胸を撫で下ろし、言葉を継ぐ。「実はお話ししたいことがありまして」
「俺にか?」ガンさんは目を大きく見開き、信じられないといった顔つきのまま制服姿のわたしとハルタの顔をまじまじとのぞき込んだ。
「はい。お時間は取らせませんので」
おろおろと動揺したガンさんはぷいと背中を向けると、ゴミの山から古い魔法瓶と錆びたトースターを持ってきて、
「まぁ座れ」
と、わたしたちの前に並べた。どうやって魔法瓶に座ればいいんだろう? 天然だということで理解してよろしいんですか?
「最近ここをおとずれるやつが増えてな、挙げ句にデートスポットに使うカップルもいる。東京のランドやシーみたいに綺麗なネズミはいないのにな」
ガンさんはそうこぼして、ひん曲がった煙草の先に百円ライターで火をつける。好きなだけ見るがいい、といいたげな哀愁が漂っていた。
「あっちのみーずはあーまいぞ♪ こっちのみーずはにーがいぞ♪」
今度は楽しそうに歌う男が近づいてきた。ナイキのトレーナーに赤いフリースを合わせ、若づくりをしているが、総白髪で顔がしわだらけのお爺さんだった。
ガンさんが首をまわして、「ちょうどいいところにきたな。おーい、ツヨシ、この娘(こ)らが俺たちに用があるんだってよ」
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