旺盛な執筆活動で質の高い歴史時代小説を量産している著者だが、最近は『池田屋乱刃』『死んでたまるか』『武士の碑』『鯨分限』と幕末から明治を題材にした作品が続いてきた。本作『天下人の茶』は、久しぶりに〈主戦場〉ともいえる戦国時代が舞台である。
絢爛豪華たる安土桃山文化の主座をしめていた茶の湯。その文化を創出した男・千利休と現世の支配者となった豊臣秀吉との相克は、利休が秀吉に切腹を命じられたことによって終わりを告げた。果たしてこの争いの裏には何が隠されていたのか――。
「戦国時代を描くために様々な文献や史料を読んできて分かったのは、このテーマが避けて通れないということです。壮絶な時代の中、武将たちは心の静謐を得るために茶の湯を求めた。〈政治〉や〈軍事〉だけではなく、茶の湯を通した〈文化〉や〈精神〉の部分を語らずして戦国時代は描けないなと。だから先達の作品も数多くあるわけです。なかでも山本兼一さんの『利休にたずねよ』には影響を受けました。以来、自分なりの利休をいつか書いてみたいと思ってきました」
6章からなる物語の大半は、利休の高弟だった、牧村兵部、瀬田掃部、古田織部、細川三斎(忠興)らが、視点人物として置かれている。
「織田信長、千利休、西郷隆盛の3人は、その捉えどころのなさから、本人の視点では、とても描ききれない人物です。むしろ周囲の人物を通して見ることにより、存在感が浮かび上がってきますし、その方がミステリアスな部分が残せるので、読者個々が持っているイメージも守れる気がします」
短編として雑誌掲載したものを大幅に改稿してつながりを持たせ、登場の順番も練りに練った。大陸への進出に失敗し、自らの功績を能の謡曲にして、それを演じることにのめり込んでいく秀吉の姿にはじまり、弟子たち個々の人生と利休とのかかわりを描くことで、徐々に利休の死の真相に迫っていく仕掛けは実にスリリングだ。
伊東さんは、秀吉を「野心と自己顕示欲が極めて旺盛な人物」と看破しつつ、「そのやろうとしたことは信長の模倣にすぎない」と分析する。一方、黄金の茶室を自ら作った芸術センスを「秀吉は独自の侘びを発見した」とも評し、そこから利休との対立が発生し、さらに関係が悪化していく過程にも、新たな解釈で斬り込んでいく。
「茶の湯というのは静寂の中で淡々と進んでいくように見えます。でも心の中は、荒れ狂っていることもあります。そうしたダイナミズムは、合戦を描くことと何ら変わりません」
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