デバとの邂逅のような現場的なエピソードではない、たとえば本棚における背表紙同士の関係や、めずらしい職業に就いている人々についての本を読んだこと、イタリア旅行に関する不安についてなどは、まるで小川さんの小説の片鱗を拾うような、奥行きと拡がりのあるイメージに満ちている。「背表紙たちの秘密」という一篇は、エッセーの短さでありながら、大きな小説を読んだかのような深い満足感にひたらせてもらえる。『サイのクララの大旅行』という本を真ん中に、周囲を子供を主人公にした本が挟んでいる、というところからの小川さんの想像を描いているのだが、思わず自分もそこに物語を見出そうと自宅の本棚をじっと眺めてしまう。まるで小川さんに、おもしろい遊び方を教わったような気分にもなる。
そして「これは絶対に読もう」と思った『世にも奇妙な職業案内』からの、いくつかの職業の紹介の後の、コインみがきのバットライナーさんとフィッシュ・カウンターのブッカーさんと小川さんが、時折一緒に晩ごはんを食べるという展開は、充足感と親しさに満ちている。個人的には、この本の中では最も好きな一節で、バットライナーさんとブッカーさんと小川さんが、にぎやかではないけれども話が途切れない様子で食事をしている光景を何度も想像した(場所はなぜか、バットライナーさんが仕事をしている地下の小部屋である)。
また、完全に抽象的な物事を、小川さんの言葉で目に見える形に文章化してもらえる場合もある。小川さんはイタリア旅行で、フィレンツェの駅から約五百メートルの距離を乗せてくれるタクシーを拾えるのかということを出発前から非常に不安に思っていたとのことなのだが、その不安の形態を表す文章が秀逸である。〈一度心配事が頭をよぎると、それはどんどんふくらんでゆく。心配Aが心配Bを生み、二つが合体して心配Cとなり、その間にいつしか現れたA′がCを飲み込んで巨大なXに変身する〉。もう、まさにこれである。というか、小川さんもこんな小さなこと(わたしからしてもすごくわかるというたぐいの不安なのだが)を不安がることがあるのか……、と小さく驚きつつ、不安が膨張してゆくイメージに激しくうなずく。うなずいて不安が消えるわけではないのだが、今後、あー今Cになった、だめだXになりそうだ……などと実況しているうちに、小川さんがフィレンツェでなんとかなったことを思い出して少しは気が休まるだろう。
本棚での本の並びや、バットライナーさんとブッカーさんとの食事会や、タクシーをつかまえられるかどうかの不安については、どれも様相の異なる物事だけれども、共通しているのは、「そこにあること」からふっと浮き上がるような、小川さんの豊かなイメージである。読者も、それに包み込まれるようにして、気が付いたら心を離陸させてもらっている。そこで頭を突っ込むイメージの雲の中で見るものを、小川さんが丁寧な言葉でほどいてくれる読書は、エッセイの枠を超え、不可思議さのふところへと分け入るような体験に満ちている。その一方で、坂道を転がってきたサッカーボールをキャッチし、持ち主の男の子に返した時に「ありがとう、ゴールキーパー」と言われ、自分は川島なのかカシージャスなのかと考える、愛らしいとすら言えるストレートさもあって、とても緩急に富んでいる。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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