春の声が届くと、桜の開花が待ち遠しくてそわそわとする。潔く儚(はかな)げな桜の美しさの魅力にとり憑かれてから、ずっと桜を追いかけてきた。桜好きが高じて、桜並木の前に暮らしはじめ、窓から見える一本を「私の桜」と思い、愛おしむほどである。
私の住む京都には有名な神社仏閣の名だたる桜も数多くあるが、名もなくひっそりと咲く桜もある。数年前の春、「ある一本の桜との出会い」があった。上京区にある千本釈迦堂を訪れた時のこと。「おかめ桜」のそばに掲げられた逸話を読んで(内容は本書に収録)、改めて桜を眺めた時の気持ちは、これまで漠然と抱いていた「きれいな桜」というイメージとはまったく違う感覚だった。悲哀に充ちた桜の表情やあたたかさが心にいつまでも残っている。その時、桜一本、一本にそれぞれの物語や植えた人の思いがあり、それを知って見ることで、桜への愛おしさは更に深まるのだと実感したのだった。
それから、視線を変え、いろいろな見方をすることで、見過ごしていた桜への思いはどんどん深まり、私の京都桜巡りの熱は一層増していったのだ。
本書は、80カ所の個性豊かな桜をより深く楽しむための自分なりの提案である。例えば、「包まれて見る」は、桜の花の内側に入り立ち、身体ごと桜に包まれるように見る、という提案。そうすることで今まで見たことのない美しい桜と出会える。
京都一多くの桜の種類を誇る平野神社では「たくさんの種類に酔いしれて見る」のはどうだろう? 桜といえば、全国の桜開花予想にも使われている染井吉野が有名だが、京都の桜はそれだけではない。枝垂(しだれ)桜をはじめ山桜、大島桜、里桜など多くの品種を見ることができる。桜の名前を知ることもお花見の楽しみ方のひとつである。
「桜のシャワーを浴びながら見る」は、圧倒されるほどおびただしい枝垂桜が咲く「原谷苑(はらだにえん)」での見方。近代建築と桜を合わせて「建物と見る」や「窓ごしに見る」など視点を変えたり明確にすることでも、桜の魅力は増してくる。
「舟にのって見る」「電車に乗って見る」「自転車で走りながら見る」など、動きながら見ることで新しい桜の表情を発見することもある。「川の流れと見る」「池と見る」では、水面に映る情緒あふれる桜の姿を。円山公園の枝垂桜などを代々守っている桜守・佐野藤右衛門邸では、愛情をかけ育てられている桜の姿を。JR東海の「そうだ 京都、行こう。」のCMで全国的に有名になった善峯寺では、存在感あふれる枝垂桜を「いろんな角度から見る」ことで心に残したい。