書評

現在に通じる歴史上の教訓

文: 別宮 暖朗 (軍事史家)

『第一次世界大戦はなぜ始まったのか』 (別宮暖朗 著)

 今をさる100年前、1914年6月28日、現在のボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボで、数発の銃声が鳴り響いた。オーストリア・ハンガリー二重帝国皇太子フェルディナンド大公が暗殺されたのである。

 犯人はセルビア人学生プリンチップで現行犯逮捕された。二重帝国は、11の民族を抱えた多民族国家であったが、善政を敷いており、独立や格差是正を求める暴動は、それまであまり起きていなかった。

 プリンチップは、郵便配達人の息子としてボスニアの農村に生まれたが、小学校を卒業してから、サラエボに兄を頼って移住し、すぐにボスニア・ヘルツェゴビナのセルビア帰属を要求する汎セルビア運動に加わった。14歳になると潜入してきたセルビア軍将校からテロ実行訓練を受けた。

 サラエボにおけるセルビア人の存在はみすぼらしいもので、ヨーロッパにおけるセルビアの存在も同様であった。

 このテロがセルビア軍将校の係わった国家テロであることが判明すると、二重帝国は、司法干与を要求する最後通牒をセルビア政府に交付した。国境のドナウ河で、両国舟艇による銃撃戦が発生すると、ニコライ2世は、ロシア陸軍総動員を下令した。

 目的は、実戦に備えるというより、二重帝国への脅しであり、日露戦争で落ち込んだロシアの外交的威信の回復であった。だがここまでは、よくある国境警備隊同士の喧嘩の類にすぎない。

 この次の過程が、世界戦争への転換点であった。

 ドイツは、ロシア総動員下令を聞くと、ウィルヘルム2世が私信で動員下令の取り止めを要求し、ニコライ2世が拒絶するといきなりベルギーに侵攻し、パリ方面に進撃を開始した。

 総動員とは、計画に従って全ての既設師団を戦時編制に切り替え、新編師団を創設することである。イギリスを除く全てのヨーロッパ各国では、徴兵制度が整い、役所に「総動員下令」という貼り紙が出ると、徴兵年限の全ての男子は、予め手配された兵営に向かい、兵装が渡され、配属部隊が指示される体制になっていた。この総動員がヨーロッパ文明の破滅を導いたのであった。

 ドイツは総動員下令から4日目、1914年8月4日に先駆けが独白国境のゲメリッヒを突破した。この日が第一次大戦の開始日であり、1918年11月11日の休戦協定発効の日まで、ヨーロッパで銃声が消える日はなかった。

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第一次世界大戦はなぜ始まったのか
別宮暖朗・著

定価:本体780円+税 発売日:2014年07月18日

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