順序が逆になったが、特命捜査対策室ものの第2作『代官山コールドケース』を読んだ後に、前作『地層捜査』を読んで、おお、そうきたかと思った。第2作の狙いがあらためてわかったのだ。安住せず、より複雑なストーリー展開を選んでいる。一言でいうなら、海外テレビドラマを含めた警察ものの最前線を意識している。
いま日本では警察小説が花盛りであるが、これは日本ばかりではない。世界中で警察小説が書かれ、次々に翻訳され、世界中で警察・刑事ドラマが作られている。とくにアメリカのテレビドラマのレベルは高く、僕なども毎週欠かさずに見ていて、小説の敵はなかなか手強いぞと思ってしまう。
実際、テレビドラマが多いと小説まで時間が割けない人間が増えてきて、よくきかれるのだ。その小説は、『CSI』よりも面白いのか、『ボディ・オブ・プルーフ』よりも泣かせるのか? と。正直にいうなら越えるものは少ないが、並ぶものはいくつもあるし、映像にはない小説ならではの魅力がある。本書もそのひとつだ。
物語は、警視庁捜査一課の水戸部裕警部補が呼び出しをうける場面からはじまる。あらたに密命がおりたのだ。
発端は、3日前に川崎で起きた殺人事件だった。若い女性が扼殺された事件で、女性の膣内の精液をDNA鑑定した結果、17年前(1995年)に代官山で起きた殺人事件のものと一致した。代官山のカフェ女性店員殺人事件では有力な被疑者を特定し、いよいよ逮捕という段階で被疑者は死亡。被疑者死亡のまま送検した。
だが、DNAが一致したことで、17年前の事件捜査が誤りであり、変死した被疑者は冤罪だった可能性が出てきた。警視庁と犬猿の神奈川県警よりも先に真犯人を見つけ出し、隠密に確保しなければならない。水戸部は子持ちの女性刑事・朝香や科捜研の中島やほかの刑事と力を合わせながら、過去の事件を追及することになる。
コールドケースとは迷宮入りした事件のことである。2010年に殺人事件の時効制度が廃止されてから、未解決の重大事件の捜査にあたる特命捜査対策室が新設されたのである。
シリーズ第1弾の『地層捜査』では、15年前に東京新宿区の荒木町で起きた老女殺人事件を丹念に追ったが、今回は、17年前の代官山事件と川崎で起きた殺人事件の捜査を並行させている。この並行捜査が見事である。実にきびきびとした展開で、テレビの刑事ドラマのように余分なものはなく、刑事たちは事件捜査に邁進する。快調なテンポ、滑らかな展開、鋭い切れ味、物語における颯爽とした疾走感。とても心地よい警察捜査小説だ。
この無駄のないスピーディな語りは、海外のテレビドラマと同質のものを感じる。事実、科学捜査の興味も『CSI』なみにある。ただ映像では表現できない、小説ならではの興趣もある。それは土地の記憶、ノスタルジックに浮かび上がってくる過去の情景、静かに醸しだされてくる抒情であり、それらが読む者の心をやさしくなでる。しかも不思議なのは、土地に不案内な読者でさえ、水戸部たちが過去の堆積の深層にわけいることで、なにかしら懐かしさを覚えてしまうことだ。まるで日本人としての共同体験の記憶を刺激されたかのように。
前作『地層捜査』ではバブル時代の土地トラブルを語りながらも、人物たちの眼差しはさらに昔の花街に生きた芸妓たちの肖像へと向かい、なんともいえない情感が行間からこぼれたが、それは今回も同じである。樹木が残る同潤会アパートがあったころ、ファッションに憧れを抱き、ファッションの街の代名詞としても知られる代官山に住んでいた被害者の女性の肖像が、当時の風俗とともに、ゆっくりと浮かび上がってくるのである。はかない夢や希望とともに。
今回は事件捜査活動を綿密に描いているために、新たな相棒の女性刑事の朝香や、脇役の科学捜査研究所の中島の私生活などが描かれないのが惜しまれるけれど(前作では水戸部が中島に手料理をふるまう印象的な挿話もあった)、性犯罪を憎む朝香の側面や、中島の恋のめばえなどもさらりと言及されていて、第3作以降のシリーズ・キャラクターの予告編のところがある。
1時間という枠組みのためか、海外ドラマでは事件中心で、刑事たちの私生活を描かないのが主流になってきているけれど、警察小説のナンバーワンのシリーズ、エド・マクベインの87分署ものをあげるまでもなく、警察小説とは捜査活動を描く警察捜査小説と、刑事たちの私生活を描く警官(刑事)小説の両方の面白さを兼ね備えている。佐々木譲が今後、どのようなアプローチで、警察小説の最前線を走るのか、実に気になるところである。
代官山コールドケース
発売日:2015年12月17日
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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