書評

他人がいるということ

文: 藤野 可織 (作家)

『問いのない答え』 (長嶋有 著)

 どうしてかと言ったら、この小説は明らかに長嶋有その人がモデルのコモローという小説家と、明らかに長嶋有と交遊のある人々がモデルとなった登場人物たちが手作りのゲームに興じるさまを描いた『ねたあとに』の舞台である、長嶋有が実際に仲間を招いて夏を過ごすという山荘からはじまり、コモローはネムオと名前を変えて登場するし、本書の中で繰り返し遊ばれるツイッター上の言葉遊び「それはなんでしょう」はネムオがフォロワーさんたちに参加を呼びかけてはじまったものだが、長嶋有は実際にツイッターで「それはなんでしょう」を啓蒙しまくっており、私はそれに参加したことがあるからだ。それも一度や二度ではない。何回もやった。回答したし、出題したし、「それはなんでしょう」をやる人々(通称しょあー)の多くとフォローし合う筋金入りのしょあー、それが私、だから知っている。

 それだけではない。知らない人もいっぱい出てくる。きっと架空の人だが、そう思っているだけで私がうっかりフォローし損なっている実在のしょあーである可能性もある(気まずい)。架空の人のようだが、架空かどうか私が知ったことではない人もいる。一人だけ、絶対架空だと自信のある人がいる。不謹慎なことばっかり考えている美少女女子高生、蕗山フキ子だ。彼女は長嶋有の初漫画作品『フキンシンちゃん』の主人公だった(私は彼女の大ファンだ)。

 こういった、いる人、いないかもしれない人、多分いない人、絶対いない人たちが一緒くたになって、且つてんでばらばらに、2011年3月11日に東日本大震災が起こった直後の世界に生きている。ある者は被災して家を失い、ある者は東京で余震に怯え、ある者は震災をニュースでしか知らない。またこの世界は、2008年6月8日に加藤智大による秋葉原通り魔事件が発生した世界でもある。ある者はこの事件を記憶から追いやって過ごしていて、ある者は加藤がネット上に残した書き込みを読み漁り、他の人々にも読むように求め、分析し、考え続ける。それに、この世界には安室奈美恵や浜崎あゆみや長渕剛もいる。さすがに彼らが顔を出すことはなくて、登場人物たちが話題に上げるだけだが。

 いっぱい出てくるこれらの人々を、震災の3日後に「気晴らし」と銘打ってはじめられた「それはなんでしょう」が、ゆるくつないでいる。

 この小説は、2011年の終わりから2013年の初秋にかけて文學界で発表された。私は完結直前、2013年の夏に、発表されているところまでを一気読みした。そのころ仕事でしばらく東京に滞在していて、持ってきた本を読み終えてしまったので、編集者さんにお願いしてコピーを持ってきてもらったのだ。私は書きものの手を止めて、ごろごろしながらコピーをめくり、「うあーいっぱい人が出てくるー、どうしようー」と強く強く思い、「えーとーこの人知ってるしょあーだっけ知らないしょあーだっけ」と気まずい思いをしたが、それ以降はなにを思ったか覚えていない。読み終えてしまってから「こんなやり方があったのか」とため息をつくまで、私はなにも思う暇がなかったんだと思う。

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問いのない答え
長嶋有・著

定価:本体790円+税 発売日:2016年07月08日

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