書評

他人がいるということ

文: 藤野 可織 (作家)

『問いのない答え』 (長嶋有 著)

 そして、この本は、そのどうしようもない世界で、どうやって楽しく生きていけるのか、そのことまでも教えてくれている。それはもちろん、長嶋有が今まで書いてきたように、日常の細部へこだわりを持つことと、真剣に遊ぶことだ。

 加藤も、日常の細部へのこだわりは持っていた。でも加藤は、楽しくなかった。加藤は、「「誰でもよかった」/なんかわかる気がする」と書いた。何人かの登場人物も、同じようなことを思う。「今ここでこう思って動いているのが私ではない誰でもよいんだな」「どの気持ちを誰が感じたのでもいい。人は取り替え可能だ。」「我々は取り替え可能だ。だがもし取り替わったとしても、そのどの我々も、きっと素敵だ。」

 加藤の「誰でもよかった」と登場人物たちの「誰でもよかった」の差は、自分が言っていること、やっていること、感じていること、気づいていることがどこかで誰かに共有されていることへの信頼と、それを面白がることのできる能力にあるのではないか。加藤には自分しかいなかった。加藤は、世界には他者がいて、他者がいるということをどう嗜めばいいのかを問わなかった。ここにはその答えが、はっきりと書かれている。

 その能力を培うための訓練が、遊びだ。登場人物たちは、非常時の気晴らしとしての「それはなんでしょう」を「全力で」「懸命に」「必死で」遊ぶ。遊ばなければ死ぬ、という気迫がそこにはある。肉体は死なないかもしれないが、精神のどこかは死ぬのだ。「それはなんでしょう」は他者の設問によって意外な答えになってしまった自分や別の他者たちの答えを楽しむ。答えを書いた人よりも、たいてい他人の方がその答えのいいところを引き出す。自分の答えがどんどん他者によって楽しまれ、自分一人では決して辿り着けなかったところへ転がっていくのを見守るのが、この遊びの醍醐味だ。

 残忍な殺人事件はこれからも起こるし、おそろしい災害もこれで終わりではない。この本は、過去に起こってしまったことを悼む本ではない。私がこの本を読んで「こんなやり方があったのか」とため息をついたのは、ひとつには小説家として実際に起こった災害や殺人を取り扱うやり方に感嘆したからだし、もうひとつは、この本はこれからのために身構える方法を提案しているとわかったからだ。

 ところで、本書は単行本では、各章ごとに章題を挟まず、●がぽんとひとつ置かれただけで、継ぎ目なく進んでいく。これがまことに世界のとりとめのなさをよく表していたのだが、いささかとりとめのなさの暴力性が強かったかもしれない。この文庫版ではまっとうに章題が掲げられ、改ページされる形式となる。さらにこの解説のあとには、単行本には収録されていなかった続きが待っている。さらにさらにそのあとには、やり方を少しおぼえたあなたと、無数の他人の人生が続いていく。

問いのない答え
長嶋有・著

定価:本体790円+税 発売日:2016年07月08日

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