書評

臆病者が“賢明な投資家”になるには

文: 橘 玲 (作家)

『臆病者のための株入門』 (橘玲 著)

 それでは、臆病者は株式市場に近づくべきではないのだろうか。一九八〇年代までは、間違いなくこれが正解であった。いったん就職すると終身雇用が約束され、住宅ローンを組んでマイホームを手に入れればインフレによって借金は帳消しになり、地価の上昇で資産は増えていく。株式市場でリスクをとる必要など、どこにもなかったのだ。

 ところがバブルが崩壊し、日本経済を支えてきた骨格が音を立てて崩れ落ちてしまうと、従来型の人生設計はうまく機能しなくなった。終身雇用どころか、会社そのものが消滅しても不思議はない。少子高齢化と巨額の財政赤字によって、日本国の年金支払い能力が疑わしくなってきた。地価はもはや右肩上がりで上昇せず、三十年後のマイホームは無価値になっているかもしれない(老朽化したマンションの場合、その可能性は高い)。長引く不況のなかで、高度経済成長の時代しか知らない多くの日本人が不安におびえ、将来を悲観し、あてどなくさまよっている。

 こうして、「リスクをとらなければリターンもない」という当たり前の時代が訪れた。これを「市場原理主義」と毛嫌いするひとも多いけれど、じつは主義主張とはなんの関係もない。歴史的必然というか、私たちが生きていく前提条件のようなものだ。世界が資本主義に覆われてしまった以上、金を稼ぐ能力によって収入が決まる「格差社会」に暮らすほか選択肢はないのである。

 もっとも、こんなことはみんなもうわかっている。旧来の陋習(ろうしゅう)にとらわれていては「負け犬」になると思うからこそ、老いも若きも株式投資に参入するようになったのだろう。

 だが不幸なことに、こうした新規参入者のほとんどは損をして市場から退場していくことになる。なんの知識もない人間がらくして儲かるほど、株の世界はあまくはないのだ(当たり前だけど)。

 それに輪をかけて不幸を増幅するのは、お調子者のためにつくられた“株エンタテインメント”本にはまってしまうことである。臆病者にはまじめなひとが多いから、いったん株の世界に魂を奪われると、そこから抜け出すことは難しい。

 それでも私たちは、金融市場と無関係に生きていくことはできない。定年を迎えれば、好むと好まざるとにかかわらず、すべてのひとが一人の投資家になる。そのとき金融や資産運用についての基礎的な知識がなかったなら、どうやって大切な財産を守れるだろう。

 もうひとつ、株の世界にはほかのギャンブルにはない秘密がある。それを知っていれば、ど素人が“金融のプロ(たとえばスイスのプライベートバンクとか)”をも上回る運用成績をあげることもけっして不可能ではない。

 臆病者には臆病者の投資法がある。“賢明な投資家”とは、これまで株に手を出さなかったあなたのことかもしれない。

臆病者のための株入門
橘玲・著

定価:本体750円+税 発売日:2006年04月20日

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