小説を書かなかった10年は今になってみれば充電期みたいな頃で、人を見る目、世の中の営みを見る目が密になったような。それを小説で確認してみたい気持ちが次第に強くなってきました。
そうして、動かなかった指が突然動き始めて、去年の3月から書き始めて1月ほどで一気に書き上げることができました。
何故純文学ではなく、時代小説だったかは、自分の目の変化を確めるためには、時代小説ジャンルのような、しっかりとしたフレームワークの方が適していると思えたからです。
そのほかに私は歴史上の英雄だとか、武将に関心があまりなくて、書くなら市井に住む普通の人たちの切ない話だろうと。他人のために泣ける、そのことで自分も救われるそんな話を書こうと決めました。小説を書くということは、人を書くことだと思いますから。
江戸の最初の頃や幕末などの、時代が激しく動く時代より、天明の成熟した制約の多い時代の方が私には書ける気がしました。
小説を書くにあたっては、細かな設計図は作りませんでした。刀の話が最初に来て、指先からパート、パートが現れて、尋常じゃない、意外性のある様子を盛り込んでいけたんです。日本で羊を最初に飼育した御薬園の話とか。こいつは使えそうだなんていうエピソードがどんどん出てくる。書くに当たって苦労した記憶は、あまりありません。
純文学を書いていた頃は、友達に原稿見せても「わかんないよ」なんて言われて、独りよがりだったんだと思いますね。読者のことなんてまったく考えていませんでした。
でも今回は違いました。このシーンは読者はどうかんじるんだろうか、読者は何を期待しているんだろう、なんて想像しながら書いていました。読者とキャッチボールをするような感じでしたね。
これから先、限られた時間の中で、江戸の人たちの営みの中にある、切なくて、泣ける話を書いていきたいと思います。