――歴史作家としての集大成ともいえる小説『斜陽に立つ――乃木希典と児玉源太郎』が文春文庫から刊行されました。乃木希典の生誕から日露戦争、自死に至るまでの生涯を、児玉源太郎との友情を交えながら描いた大作です。乃木の郷里・下関は、古川さんが生まれ育った場所でもあります。
古川 いまも自宅から歩いて15分ほどのところに、長府の乃木神社があります。そんな下関で育ちましたから、幼い頃から乃木希典という名前は嫌というほど聞かされました。同じ山口県(長州)出身の吉田松陰と並んで、乃木は子どもにとって“スパルタの偶像”。それこそ、冬に「寒い」「冷たい」などと言おうものなら「乃木さんに叱られるぞ」とやられる(笑)。軍国主義のもと全国的にそういう雰囲気がありましたが、地元ですから余計でした。子どもを教育するのには、もってこいの偶像だったのでしょうが。
――乃木希典については、これまで『軍神』(角川書店)でも描かれていますが、本作でふたたび取り組まれました。
古川 乃木が戦時中、軍神として偶像化された分、戦後はその反発、反感が生まれたように思います。司馬遼太郎さんもその流れの中で、『殉死』『坂の上の雲』という作品を通して、偶像破壊をした。大阪出身の司馬さんからすれば、長州は肌に合わないということもあったのかもしれませんが(笑)、とにかく「愚かな将軍だ」と繰り返し書いた。偶像を打ち砕くことは、作家の一つの大切な仕事です。ただ、司馬さんの作品から生まれた乃木のイメージが、あまりに全国津々浦々に広がったことに、このところ気付かされることが度々あったのです。たとえば、東北地方を訪れた時のこと。講演が終わって、地元の方々との宴会に出ると、お酒が回って「乃木は愚将の最たるものだ」と始まる。小倉駅で初老の男性に突然「乃木という人は、奥さんを斬り殺したそうですね」と投げかけられる。いずれの方も、その根拠を聞くと司馬さんの作品に行き当たりました。
私は、司馬さんの愛読者ですし、大好きな小説もたくさんある。『幕末』など素晴らしい。いわゆる司馬史観を批判するつもりなど毛頭ないのですが、「愚将」という乃木さんのイメージが史実として固まってしまっては、あまりにも乃木さんが可哀そうだ。そこで、とにかく乃木希典という人物について改めて調べてみようということからはじまったのです。
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