長く連れ添った妻をバス事故で失った作家・津村啓。売れっ子で、女性にもて、妻への愛情が冷めつつあった津村は、悲報に接したときも不倫相手を自宅に呼んでいたほど。遺体と対面しても、恬淡(てんたん)としたそぶりしか見せることがなかったのだが――。西川さんの小説最新作は、突然、家族との別れを突きつけられた男たちを描く物語だ。
「死に限らず、人との別れを経験して初めて気づくこと、『ああしておけばよかった』と悔やむことって、日々の暮らしの中で普通にあることだと思うんです。ことに4年前、震災という大きな災厄が起き、さまざまな別れに直面した人たちをメディアを通して見る中で、もし私がそういう場に置かれたとしたら、きっとすごく後悔の残る別れを経験するタイプだ、と思ったんですね。同時に、後味の悪い別れ方をした人たちは、そのことを他人には語りづらいんじゃないかとも思いました。『愛していた』とか『天国で見守ってくれている』みたいな美談に収まらない、触りのよい言葉で表現できない感情って、語られないまま、当人の胸のうちに深く沈んでいって、重たく残ったままになっているんじゃないか、と。このことを言葉にしたい、物語にしたいと思ったのが最初のきっかけです」
津村はやがて同じバス事故で母親を亡くした一家と出会い、小6の真平、4歳の灯(あかり)という2人の子の面倒を見ることに。生まれて初めて子どもに対峙し、無視され、翻弄され、「帰りたい」とこぼす津村。それでも慣れぬ料理をしたり保育園の送迎をしたりしているうちに、新たな関係性を築いていく。
「本来なら出会うはずもなかった異種な人間どうしの人生が交差するというモチーフは、これまでの自分の作品でも扱ってきたものですが、子どもという存在をきちんと描いたのは今回が初めて。彼らはもちろん実在しない子どもたちなんですが、日がたつごとにまるで生きているように感じられ、真平や灯がかわいらしく思えてきて(笑)、それは自分のがらにもないことで、不思議な体験でした。
いつも、作品の中に、愚かしさとおかしみを出せたらいいなと思っているんです。特に今回は、死というものをテーマにしているので、どこか笑えるところがないと読み進めるのがつらい。そこは主人公や子どもたちに救ってもらったかな、と感じています。
映画と違って筋を先々まで決めず、自分が思いつくまま自由に書いていけるのが小説の楽しさなんです。私自身、楽しんで書いたので、みなさんにもあまり重たく感じず、軽く、楽しく読んでもらえたらうれしいですね」
西川美和
にしかわみわ/1974年広島県生まれ。オリジナル脚本・監督作品に「蛇イチゴ」「ゆれる」「ディア・ドクター」「夢売るふたり」。小説『きのうの神さま』が直木賞候補。
永い言い訳
発売日:2016年09月16日
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