- 2010.11.20
- 書評
ビジネスの勝負を決める「見えない刃」
文:岸 宣仁 (経済ジャーナリスト)
『インビジブル・エッジ――その知財が勝敗を分ける』 (マーク・ブラキシル&ラルフ・エッカート 著/村井章子 訳)
ジャンル :
#政治・経済・ビジネス
一方のP&Gは、剛腕社長の後を継いだアラン・ラフリー氏が研究開発(R&D)費を思い切って削減した。「イノベーションを捨てるのか?」と誰もが失敗を予想するなか、彼の大胆な知財戦略が会社を見事に甦らせる。
その柱になったのがオープン・ライセンス方式で、研究開発という伝統的な呼び名を避け、「コネクト・アンド・デベロップ」と名付けられた。同社が保有するすべての特許を、取得から五年後または製品投入から三年後のいずれか早い時点から、あらゆる企業にライセンス供与できる仕組みを採用した。
この方式は、製品開発チームにとってさらなる開発を促す強力な刺激剤になった。結果的にこの戦略は大成功を収め、それ自体が一〇億ドル級のトップ・ブランドに匹敵する存在になっている。
そしてこの本の主題である「見えない刃」の切っ先は、知財の取引市場が整備されていくであろう将来図も予想する。その胎動は、すでに始まっている。
ロックスターのデビッド・ボウイが自身のアルバムの著作権を担保に債券を発行し、将来の収入と引き替えに五五〇〇万ドルの現金を手にした。要するに、彼は七〇年代にインスピレーションを楽曲という知財に換え、九〇年代にそれを資本に換えたのである。
知財サービス企業のオーシャン・トモは、半年に一回のペースで特許オークションを開いている。彼らはこのビジネスモデルの先に、知財の売り手と買い手を結びつける取引所の開設を目指す。やがて誕生するであろう知財取引所は、株式市場よりも不動産市場に近いものと考えられている。
これら一連の動きは、「資産を資本に転換する」知財の役割が、今日のグローバル経済の中に定着してきたことを如実に物語る。しかもそれを裏書きするように、アメリカでは二〇〇四年に歴史上初めて、無形資産(研究開発、ブランド構築、ソフトウェア開発など)への投資が、有形資産(土地建物や工場設備など)への投資を上回った。知財という無形資産は目に見えない、しかし目に見える有形資産に比べて、経済への影響はずっとシャープということだ。
本書は、知財の専門家のためだけの作品ではない。著者は、ジェームズ・ワットの蒸気機関発明に始まる産業革命から現在に続くイノベーションの歴史を丹念に追っている。そこから見えてくるのは知財戦略のみならず、企業の経営戦略であり、国家の経済政策であり、まさに知識社会における国の競争力の源泉とは何かを鋭く問いかけている。
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