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単なる江戸職人小説だと思って読んでいると、びっくりするぞ!極上スイーツ時代小説

単なる江戸職人小説だと思って読んでいると、びっくりするぞ!極上スイーツ時代小説

文:大矢 博子 (書評家)

『甘いもんでもおひとつ 藍千堂菓子噺』 (田牧大和 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 本書ではそんな和菓子が実に効果的に使われている。ひとつずつ見てみよう。

 第一話「四文の柏餅」は、進物用の上等な柏餅のほかに、庶民が気軽に食べられる四文の柏餅を売り出そうとする話だ。ところが柏の葉の商人に百瀬屋の叔父が手を回し、藍千堂に卸させない。さて兄弟はどうやって柏の葉を工面するのか。ここでは菓子というものが江戸の人々にとってどのようなものだったかが、季節の行事と併せて描かれる。

 第二話「氷柱姫(つららひめ)」は秋の始まり。嫡男の婚姻がまとまった旗本から、茶会の菓子の誂えを頼まれ、晴太郎は結婚間近の二人にふさわしい巾飩(きんとん)を作る。ここで作られる巾飩は、一見、秋から冬にかけての愛宕山を模しているように見えて、二人だけにはある思い出を想起させるデザインになっている。さらに晴太郎は、氷砂糖を削った氷研(こおりおろし)を巾飩にぱらりとかけた。本編では当日の「雨上がりの煌めきに見立てた」とあるが、勝気な性格から「氷柱姫」と呼ばれる新婦のメタファであることは自明だ。冷たい氷がやわらかく削られ、きらめきながらふたりの思い出を包むのだ。和菓子には、職人の工夫ひとつでそれだけの物語を込められるということが伝わってくる。

 弥生三月が舞台の第三話「弥生のかの女」は変り種。キレ者幸次郎の恋愛が描かれる。仕事もおろそかになるほどのめり込んだ幸次郎もさることながら、やきもきする晴太郎と、幸次郎に思いを寄せるお糸の心情描写が読みどころだ。この話に登場するお菓子は有平糖(あるへいとう)。砂糖と水で作ったキャンディだ。幸次郎が思いを寄せる女性の、きれいな爪をした指から連想した桜色の有平糖を、晴太郎は弟にそっと手渡す。

「父の名と祝い菓子」は水無月。夏の始まりだ。悪阻(つわり)で何も食べられなくなった若奥様のため、晴太郎は青柚子の香り高い葛切を作る。また、息子たちが生まれたときに父が作った吉野饅頭も、兄と弟のときでは違いがあったというエピソードも紹介される。いずれも不特定多数のお客さんのためではなく、特定の誰かのために作られた菓子の物語だ。

 お糸がついに父親に反旗を翻(ひるがえ)す「迷子騒動」は霜月の出来事。ここに登場するのは、白いういろうの間に吊るし柿を挟んだ柿入りういろう餅(柿は弥生時代から日本にある、最も古い甘味だ)。それを食べる長屋の子どもたちの、食べるのがもったいない、でも食べたいというワクワクがこちらにまで伝わって嬉しくなる。このういろうは、お糸の置かれた「板挟み」の状況を表しているようにも思えるが、お糸という甘い柿が周囲の人に大事に守られる様子にも受け取れる。さてどちらだろう?

 そして最終話「百代桜(ももよざくら)」では、ついに叔父と直接対決。ここに登場する菓子は、田牧大和オリジナルだという。和菓子は見た目の美しさに始まり五感すべてに訴える食べ物だが、特にここでは菓子に香りを閉じ込める工夫に注目されたい。父と叔父が途中まで製法を考えていた菓子を、晴太郎が完成させる。それは父や叔父の思いを次の世代が受け継ぐ行為に他ならない。

 いかがだろう。それぞれの物語にこれしかないという和菓子を登場させ、テーマを強めていることがお分かりいただけると思う。

 そして何より、どの話でも登場する和菓子が実に美味しそうなのだ。上記に挙げたものの他にも、金鍔(きんつば)だの薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)だの琥珀(こはく)だの羊羹(ようかん)だのともう……しかも素材やレシピ、見た目や味を生き生きと書いてくれてるものだから、食べたくて仕方なくなる。特に茂市の煉羊羹は気になるぞ。この稿を書くため私は本書を何度も読んだが、そのたびにデパ地下に走ったことを告白しておく。

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甘いもんでもおひとつ 藍千堂菓子噺
田牧大和・著

定価:本体690円+税 発売日:2016年05月10日

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