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イプシロンに日本人技術者の魂を見た<br />的川泰宣(JAXA名誉教授)×真山仁(作家)

イプシロンに日本人技術者の魂を見た
的川泰宣(JAXA名誉教授)×真山仁(作家)

「文藝春秋」編集部

『売国』 (真山仁 著)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

追いつめられた時に笑える人

的川 糸川先生が晩年、よく色紙に書いていた「人生に最も大切なものは逆境とよき友である」という言葉があるんです。森田君はその言葉を大切にしたいと話していました。

真山 私は森田さんと接していると、新しいタイプのリーダーが出てきたな、と感じるんです。印象的だったのは、打ち上げが成功したときに、森田さんが「皆さん、おめでとうございます」と言ったことです。普通、プロジェクトリーダーだったら、「ありがとうございました」ですよね。そうではなく、見守ってくれた人たちみんなのお祝いだということを、言葉にされた。

的川 ロケットから衛星が分離して離れていったときに、管制室の中で彼が一番始めにパーっと拍手し始めたそうです。そのとき頭の中には、一緒に今まで苦労したチームのメンバーの顔が浮かんでいた。プロジェクトマネージャーは、仲間の士気を落とさないようにするのも大事な仕事です。たとえ延期になっても、打ち上げまでに仲間の気持ちを立て直さなければいけません。森田君はそこに一番力を注いだ。表面は楽観的で、そういう細かいことを考えているようには見えないのですが、芯の強さと温かさを兼ね備えていて、立派なリーダーに成長したなと思いました。

真山 そうですね。「自分はムードを作っているだけだ」とも語っていました。失敗は部下のせい、成功は自分の力と考えるリーダーが多い中で、まさに理想の上司ではないですか。

的川 彼は深刻な顔をしないんです。延期となった時も、彼は微笑を浮かべて会見室に入ってきた。それを見たNHKの記者は「あ、笑ってる」と言いました。僕はマズイと思って「あれは地顔です」と言ったんですけど(笑)。

 自分が揺らいだらおしまいだという意識や緊張があって、あえて微笑を湛えていたのでしょうが。

真山 追いつめられたときに笑える人が本当に強い人なのだと思います。

的川 はやぶさのプロジェクトマネージャーの川口淳一郎さんもまた優れたリーダーですね。2人とも優秀な技術者ですが、キャラクターは違います。川口君は、ものすごく優秀で、カミソリのよう。何か言ってもすぐ切り返される。だから、川口君に対してモノ申せる人はあまりいないんです。一方、森田君は優男風ですが芯が強くて頑固です。そして、ニコニコしながら相手の痛いところを突く。年上の川口君に対しても、平気で物を言います(笑)。僕は2人よりだいぶ年上なので、それぞれ切磋琢磨して活躍している2人を見ているのは、実にたのもしく興味深いですね。

真山 イプシロンの名前の由来は、M5からも来ているそうですね。森田さんは「M5のMを横にするとE(イプシロン)になる」と披露しましたが、ギリシャ文字のイプシロンの小文字には「小さくても非常に性能がいい」という意味があるそうですね。

的川 ええ、そうです。それに、数学の収束理論に、イプシロンデルタ云々、というのがあって、イプシロンデルタはM5の「M」(ミュー)よりかなり小さくなる。そんな皮肉も込められています。

真山 なるほど。

的川 実は、イプシロンの名は種子島の宿で森田君とお酒を飲みながら考えたんです。それをプレゼンの席では「Exploration(探索)、Expectation(期待)、Evolution(革新)のEです」と理論武装してみせたのには驚きました(笑)。

バスのように身近に

真山 昨年、内閣府に宇宙戦略室が出来ました。これでようやく、これまで縦割だった行政が省庁を越えて、宇宙産業へ乗り出すことになります。イプシロンとH-II A/Bロケットの2つが基幹ロケットとして位置付けられることになりました。イプシロンにアジアの国々の衛星を乗せて飛ばすことが出来れば、宇宙平和利用のシンボルにもなるのではないか、と私は期待しています。

的川 仰る通りだと思います。イプシロンのもともとの狙いは科学衛星のシリーズとして頻繁に打ち上げることにありました。太陽系研究に貢献したボイジャーなどはとても大型ですが、科学衛星は近年小型化が進み、イプシロンはまさにその小型で低コストの需要に応えられるロケットになると思います。

真山 森田さんは「バスのようにロケットに飛んで貰わなければ、宇宙開発の今後はない」と仰っていました。バスや新幹線の性能を上げることばかりに力を注ぐのではなく、むしろバスや新幹線に何を積むのか。それを考えなければ本末転倒だという思いでしょう。打ち上げの回数を積み上げることで、更にコストダウンでき、信用性にも繋がります。そのためにはロケットを打ち上げる内之浦のような施設をより充実させることも必要です。

的川 確かに以前より良くなったものの、まだまだお粗末です。政府がロケット開発を日本の産業に貢献させようと思うのなら、設備や施設のサポートの在り方も考えてほしいですね。日本の宇宙開発は、世界にひとつだけのものを作るのには長けているのですが、予算が続かず、量産することができません。

真山 景気は上向いていますが、まだ目に見えて生活が変わったという実感はありません。その中で、先端技術、さらには省力化という日本の最も得意な分野で、堂々と世界にイプシロンの存在を見せることができた。今年は糸川先生の生誕101年目です。これからの100年を予感させる素晴らしいスタートでした。子どもたちに夢を与えるためにも、今後の宇宙開発に大いに期待しています。

この対談は「文藝春秋」2013年11月号に掲載されました。

売国
真山 仁・著

定価:本体1750円+税 発売日:2014年10月30日

詳しい内容はこちら

文藝春秋 2013年11月号

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