北上 僕は長年、志水さんの作品に親しんできたんですが、2005年に出版された『うしろ姿』で「最後の短篇集」と書かれていてびっくりしたんです。『きのうの空』あたりから作品が変わってきて、『生きいそぎ』『男坂』と、中年、初老の男を主人公に据えた作品が続いて、それが好きだったものですから、どうしてこれで最後にしちゃうんだよ、と(笑)。今になってみれば、これからは時代小説をお書きになるとの決意表明だと分かるんですが。そもそも時代小説を書きたいと、いつごろから思われていたんですか。
志水 前からありましたよ。もともと自分が時代小説を好きでしたし、書きたいなという気持ちはありました。
北上 デビューが1981年ですね。作家生活30年のどのあたりから?
志水 10年くらいたってから、将来はやりたいな、と思っていました。ただやりたいのは、歴史小説ではなしに、あくまでも“時代の”小説であると。要するに江戸時代に舞台を設定するということで、そこで描く人間は歴史上の有名人ではないんです。
北上 志水さんの時代小説の特徴のひとつとして、舞台が江戸、京、大坂ではなくて、ちょっと都会から離れたところなんですね。今回の『夜去り川』は上野(こうずけ)、渡良瀬川のほとりの村で、前の長篇『みのたけの春』が因幡です。この舞台設定は意図的ですよね。
志水 そうです。江戸、あるいは京・大坂からそんなに離れていないけれど、田舎がいい。そのほうが私好みといいますか。またストーリーの展開を考えるとそのくらいの距離感がちょうどいいかな、ということもあります。都会に1日2日で行ける範囲ですね。