京都に住まなければ書けなかった
――プロローグは清水寺から始まり、祇園祭や五山の送り火の光景も鮮やかで、第一級の京都案内という趣きもありますが、一方で町の活気や人々の営みといった、京都の日常も丁寧に描かれています。
塩田 実はこの作品を書き始める1年ほど前から、京都に住んでいるんです。中途半端に聞きかじった京都ではなく、この町に腰を据えることで、人々の息づかいを作品の中に刻み込みたかった。観察者としてこの町と向き合うと、観光スポットや大きなお祭りも、違った色合いを帯びてくる。たとえば五山の送り火は、ただ美しくて幻想的なだけじゃなくて、亡くなった方の魂を山の向こうに送るための、荘厳で厳粛な儀式であることが実感できた。それに京都の人は、場所の説明をするときに、賀茂川にかかる橋の名前を持ち出してくる事が多いんですよ。『やっぱり京都の人にとって、川は生活の中心にあるんですね』と指摘すると、町の人はたいてい、あ、そういえば、という反応で、自分では気づいていない。
生活者としての発見と、観察者としての発見、いずれも作品を作る上で必要なことでした。
――恭平と雪乃、恋する2人の関西弁でのテンポのあるやり取りも心地よくて、笑顔に包まれながら互いの気持ちが寄り添っていくさまが手に取るようにわかります。
塩田 高校時代、お笑いの世界を目指して台本を書いたり、演劇をやっていたのが活きているのかもしれませんが、これも京都の場所の力でしょう。彼らが歩いたはずの道のりを、確認するように何度も歩いていると、台詞があとからあとから湧いてくる瞬間がありました。
書き始める前は、僕はこの手強い物語を書き切ることができるのだろうかと不安でした。でも、最後のシーンにたどり着いたときに、書き終えたくない、と思ったんです。恭平と雪乃をもうこれで書けなくなるのが惜しいと感じた。どちらの感情も、僕にとってははじめての経験でした。そのくらい、全身全霊を傾けた作品です。これまでのどの作品よりも、みなさんに読んでいただきたい、そう思っています。
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