書評

『司馬遼太郎対談集 日本人を考える』解説

文: 岡崎 満義 (元「文藝春秋」編集長)

『司馬遼太郎対談集 日本人を考える』 (司馬遼太郎 著)

 そしてその十五年後の一九七四(昭和49)年に、「私は今日引退しますが、巨人軍は永久に不滅であります」という言葉を残して、長嶋はユニフォームをぬぎ、球場から去って行った。この年一九七四年を戦後日本の分岐点ではないか、と私は考えている。

(1)小野田寛郎少尉がルバング島より生還。
(2)日本人女性ゴーマン美智子さんがボストンマラソンで優勝。日本にも“走る女性”が激増した。
(3)コンビニ「セブン-イレブン」一号店が江東区に誕生。
(4)生涯学習を見据えた「朝日カルチャーセンター」の開設。
(5)朝日新聞の連載漫画「サザエさん」休載。
(6)NHKニュースセンター9時に磯村尚徳キャスターが登場。淡々と読むニュースから親しく語りかけるニュースに変わる。
(7)長嶋茂雄引退。(この年松井秀喜が生まれ、前年のオイルショックの年にイチローが誕生している。)
(8)文藝春秋十一月号の立花隆「田中金脈の研究」が引き金となって、日本列島改造論、日中国交回復の田中角栄内閣が倒れ、三木武夫内閣となる。
(9)芥川賞受賞者を一九三五(昭和10)年から一九七四年までの三十九年間と、一九七五(昭和50)年から二〇一四(平成26)年までの三十九年間をくらべると、男性作家と女性作家の比率は前者が六三人対一〇人、後者が四九人対三二人と女性作家が激増している。かくして“女流作家”は死語と化した。

 一九七四年の特徴的な社会現象をアトランダムに並べてみただけでも、一九七〇年の「司馬遼太郎対談集」の時代から明らかに歴史の歯車がカチリと一つ回っていることが分かる。ゴーマン美智子さんの出現で、日本中に“走る女性”が大量にあらわれた。昼日中、Tシャツ短パン姿で皇居の回りを走る女性は今では当たり前の風景になっているが、当時はびっくり仰天で、私は早速、文藝春秋のグラビアを組んだものだ。その前から戦闘的なウーマンリブの運動も始まっていたが、“走る女性”の大量出現こそが世の中を変えたのだと思う。その後の肉食系女子、草食系男子にもつながる。終戦直後、「強くなったのはナイロン製の靴下と女性」と言われていたが、女性については三十年経ってようやく現実のものとなってきた。朝日新聞の連載漫画「サザエさん」の休載は、いよいよ大家族主義の時代から核家族の時代へ移ったことをよく示すものだ。血縁、地縁の共同体が消え、核家族へ、そして今や単身者社会へ大きくカジが切られている。

 一九六八(昭和43)年一月九日、自殺したマラソンランナー円谷幸吉が残した遺書が忘れられない。何度読んでも涙がこぼれる。

「父上様、母上様、三日とろろ美味しうございました。干し柿、もちも美味しうございました。敏雄兄、姉上様、おすし美味しうございました。勝美兄、姉上様、ブドウ酒、リンゴ美味しうございました。巌兄、姉上様、しそめし、南ばんづけ美味しうございました。喜久造兄、姉上様、ブドウ液、養命酒美味しうございました。又いつも洗濯ありがとうございました。幸造兄、姉上様、往復車に便乗さして戴き有難とうございました。モンゴいか美味しうございました。正男兄、姉上様、お気を煩わして大変申し訳ありませんでした。幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、良介君、敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、立派な人になって下さい。父上様、母上様、幸吉はもうす っかり疲れ切ってしまって走れません。何卒お許し下さい。気が休まる事なく、御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。幸吉は父母上様の側で暮しとうございました」

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司馬遼太郎対談集 日本人を考える
司馬遼太郎・著

定価:670円+税 発売日:2014年06月10日

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