A 初版を読んでみてわかったんだけれど、あの独特の文章は当時から変わらないんだよね。ただ、初版はいまと違って狩野近雄、古波蔵保好、東畑朝子の三人が文章を書いたと記されている。どの店をだれが書いたかはわからないけれど、彼らの文章が、それ以降『いい店』のテイストの基本になったんだね。
編 『いい店』は当初からミシュランに倣(なら)って実地取材をして星をつけたわけですが、いまのような完全匿名性になったのはこの二十年ほどのことです。毎回、四十名ほどの探偵が匿名取材をし、文章を書くのですが、こちらから注文は一切つけません。それでも、単なるガイドとは違う文章になるのが面白いですね。
B この原稿を書くときは「いい店文体」が乗り移っちゃうんですよ。みんなそうなのかな。私も探偵になって十年くらいになりますが、自分が担当しているジャンル以外は、だれが取材しているのか全然わかりません。
編 知っているのは私だけです(笑)。皆さん飲食業界では一目置かれている方々ばかりですし、名前を出せば誰でも知っている有名人もかなりいますが、本書の趣旨をご理解いただき匿名での取材、執筆に協力していただいています。それにしても、皆さんがものすごく店情報に詳しいことには毎回、驚かされます。
A まあ、この世界で長く生きていると、情報も嗅覚も発達してきます(笑)。この不況下でも新規開店は山ほどあるから、行ってみて空振りというのが一番馬鹿らしい。だって一日五食も十食も食べられるわけじゃないですから。それを探しだす嗅覚は、鍛えるしかないかもしれないね。
椀の味見をした親方が「魔法の粉持ってこい」と怒鳴る有名和食店
B 若いグルメライターの記事などを読んでいると、有名店での修業歴を絶対視することが多いでしょう。そこでの経験は大事だと思いますが、長く修業したからって、一概に美味しいものが作れるわけではない。たとえば、その店で親方からどう評価されていたかも知らないとね。
A 職人本人のことをどこまで知った方がいいかは善しあしだけれど、いろんな噂は入ってくる。私の経験では、築地の仲卸での評判は結構当たっていることが多い。有名ガイドで最高評価の和食屋さんなんだけれど、白身を扱う仲卸が、「あそこはいつも『脂の乗っている養殖鯛を取っておいてくれ』ってファックス一本送りつけるだけ。おれに言わせれば日本一原価率の低い店だ」って言っていた(笑)。あと、築地に毎日通っていると話す料理人も多いけれど、本当かどうかはちゃんと行っている人に聞けばすぐわかる。「最近、全然見ない。ファックスだけだよ」とか「たまに来るけど、安い魚しか買わないんだよね」とか。
B あの店の養殖鯛の話は有名ですよね(笑)。ちょっと前に麻布十番の和食店の松茸産地偽装問題が「週刊文春」で報じられましたが、あんな話もこの世界にはごろごろしてます。
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