書評

『患者よ、がんと闘うな』から十年

文: 近藤 誠 (慶應義塾大学医学部放射線科講師)

『がん治療総決算』 (近藤誠 著)

広がる抗がん剤治療による被害

 抗がん剤治療では、がん告知のタブーと同じで、以前は患者には抗がん剤と知らせることができませんでした。かつて私が、抗がん剤治療を解説する本を出したことが、大きな新聞記事になったような状況でした。しかし、今では抗がん剤だと患者に伝えることは当たり前になっています。

 ところが、抗がん剤治療による被害はかえって広がっているといえます。抗がん剤では、特定のがんは治せますが、大部分のがんは治せないということを、医者も患者も認めたがらない傾向があるのが一因です。患者が効果を認めたくなる気持ちもわからないではありませんが、抗がん剤で命を縮める可能性があるからこそ、データをきちんと知ったほうがよいのです。

 医者が本当のことを言うと、多くの手術や、抗がん剤治療は受ける人がいなくなってしまうでしょう。換言すれば、手術や抗がん剤治療がさかんに行われている現状こそ、私からみると、医者が不十分な説明しかしていない証拠であると思います。

 もうひとつ象徴的だったのは、今度の本にも書いてありますが、昭和天皇と平成の天皇の手術です。昭和天皇の場合は、本人に膵がんを告知せず、手術内容の正しい説明もしませんでした。しかし結果的には、がんを切らずにバイパス手術だけにとどめた妥当な治療だったと思います。

 それに対して、平成の天皇の場合、最初から前立腺がんを告知して、本人も公表を希望し全摘手術が行われました(二〇〇三年)。しかし、その前年には、手術をしても、様子を見ても、生存期間・生存率には変わりはないというデータが発表され、また、アメリカでは放射線治療件数が手術件数を抜いていたのです。手術では再発の可能性が残る上、おむつが必要になるケースが多く、性機能が阻害される危険性も高いからです。

 前立腺がんには、手術以外にも放射線治療が可能で、私がみるかぎり、正しい情報が伝えられたのかどうか、疑問に思わざるをえません。

 主治医団の構成をみると、泌尿器科医ばかりで、放射線科医はおらず、偏った情報提供がされたのではないかと思います。そういう状況下で、問答無用で手術するのはいかがなものでしょうか。

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がん治療総決算
近藤誠・著

定価:本体524円+税 発売日:2007年09月04日

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