かつて春の選抜高等学校野球大会、夏の全国高等学校野球選手権大会は、どちらも日本人にとって見逃せない年中行事の一つであり、大会期間中は自分の母校が出場していなくても出身都道府県の学校に声援を送るというのが、誰にとっても当たり前の光景だった。普段は忘れているのに、不思議にその時だけは郷里に思いをはせたりする人も多かったに違いない。
そんな時期に私はNHKアナウンサーとして高校野球を取材し、中継で放送する仕事に熱中していたのである。江川卓、荒木大輔、牛島和彦、小松辰雄、中西清起、金村義明といった投手たち、原辰徳、岡田彰布、香川伸行、池山隆寛、高橋慶彦、篠塚利夫などの強打者たちの、潜在能力の豊かさを感じさせる活躍ぶりを放送で伝えることに喜びを感じながら取り組んでいたことを今も懐かしく思い出す。
そう、高校野球は全国中等学校優勝野球大会としてスタートを切った大正4年の第一回大会から、日本国民の心に深く定着したまさしく国民的イベントとなっていたのだ。特に昭和52年までは本大会に出場できる学校が今のように都道府県別に枠が与えられていたわけではなく、ブロックごとに地方予選を勝ち抜かなければ本大会に出場することはできなかった。それだけに本大会への注目度は高く、娯楽などの少なかった時代背景を考えると全国中等学校優勝野球大会は日本のスポーツイベントの中心に位置するものだったといって差し支えない。
更に球場が甲子園に定着すると、大会はますます人気を上げていく。そして中央で野球を学んだ指導者が全国各地に散らばり、それぞれに独自の思想や方法論で子供たちを育てていくと個性的なチームができ上がり、そのチームカラーがそれぞれの学校の伝統となっていった。全国の野球ファンは自分の郷土のチームに肩入れし、贔屓(ひいき)の学校を応援しながら高校野球を見守ってきたのだ。
その高校野球の放送に取り組んできた私だが、過去の歴史の中で昭和16年から昭和20年までは開催中止となっていたということは勿論知っていた。戦争で開催が不可能だったのだからそれも止むを得なかったのだと決めて掛かり、当時の状況について調べることもなく過ごしてきたのだ。しかし此の度、早坂隆さんによる本書『昭和十七年の夏 幻の甲子園――戦時下の球児たち』を読み、自分の勉強不足を知らされ少なからずショックを受けた。
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