一四六七年の応仁の乱から、一六一五年の大坂夏の陣までの一世紀半の間、わが国は麻のごとく乱れ、内乱状態・分裂状態に陥った。快刀乱麻を断つように、その混乱を鎮めたのが、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康という三人の天下人だった。この三者三様の天下人たちの、何と個性的で、何と人間臭いことか。
加藤廣のまなざしは、天下人たちの生と死に注がれる。彼には、本能寺の変をめぐって、『信長の棺』『秀吉の枷』『明智左馬助の恋』という本能寺三部作がある。いずれも、本格的な長編である。だが、そこでもなお、触れられなかったエピソードがいくつもある。その中から、取って置きの奇聞・奇譚を読者に開陳したのが、「『信長の棺』異聞録」というサブタイトルを持つ本書である。
本書は言わば、「本伝」に対する「外伝」なのだ。本伝を既に読んでいても、まだ読んでいなくても、この外伝は存分に楽しめる。本能寺三部作を既に読んでいた人は、その本伝で展開された出来事の意外な裏面を、この外伝で知ることができる。また、この外伝から先に入った読者は、本伝としての本能寺三部作を無性に読みたくなる。
この「信長の棺」異聞録には、「異聞=外伝」が三つ収録されている。第一話の末尾には「以下は全くの余談である」とあるし、第二話と第三話には「余話」という見出しがある。この余談や余話が、まことに面白い。異聞録という「外伝=余話」の面白さが、本能寺三部作という本伝をさらに興味深くしている。そして、本能寺三部作を通読した読者は、その本能寺三部作という本伝さえも、「正史=通説」に対する大いなる「異聞=外伝」である事実に気づくだろう。
さて本書、異聞録の第一話「藤吉郎放浪記」は、稀に見る異貌と手相を持つ若き日の秀吉が、「世を克する=天を克する」三白眼の持ち主である信長と主従の契りを結ぶエピソードである。秀吉は胸に秘めた大望を実現すべく、信長の家来となるための、大勝負に出た。
この大博打が成功したのは、秀吉の「秘密の出自」と深い関わりがあった。彼の算勘(算数)の能力の高さや、独自の人脈や、百人一首の教養も、秘密の出自と結びついている。「放浪記」は、「主人公が放浪する物語」の意味だが、「物語」には秘密が付き物である。加藤廣の歴史小説は、「物語」の香りに満ちている。
異聞に対する本伝である本能寺三部作でも、「信長の遺体は、なぜ発見されなかったのか」とか、「豊臣秀頼は秀吉の子か」などという秘密が、読者の興味に訴える。読者は秘密を解く鍵を作者から与えられ、作中人物と共同して謎解きに挑む。やがて真実が明らかとなり、読者は物語という巨大な宇宙が誕生したビッグバンに立ち会う。それが、読者の生きる現実世界を成り立たせている「歴史」の根源を直視させる。
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