- 2004.08.20
- 書評
王様(キング)と私
文:深町 眞理子 (翻訳家)
『ザ・スタンド 5』 (スティーヴン・キング 著/深町眞理子 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
というところで、翻訳の小説としてはきわめて異例のことながら、この人物には関西弁ないし河内弁を使わせることにした。正統の河内弁になっているかどうかはさておき(なにぶん私、根っからの東京人なので)、この人物の持つ雰囲気はある程度出せたのではないかと思っている。
いまひとつ注意したのは、原稿から縮約版へ、さらに無削除版へと移行するかんに生じたと思われる、叙述上の矛盾点について。これについては、単行本でも文庫版でも各巻の巻末に注記してあるが、文庫化にあたって仔細に全文を読みなおしたところ、またいくつかの問題点が見つかった。もちろんそれらは直してあるが、それでも見のがしたのが一カ所ある。
未読のかたの興を殺(そ)がないよう詳しくは書かないが、Vの一一二頁と二四六頁とに、“パーマカバーのノート”が出てくる。このノートの扱いが前と後とでは食いちがっているのだ。文脈上、どちらもいまさら文章を変えることは無理なので、ここでそっとお詫びして、どうかお見のがしを、とお願いしたい。
ところで、Vの巻末解説で紹介されている『ザ・スタンド』の映像化作品のことだが、作者の「まえがき」によれば、ファンはそれぞれ各キャラクターについて理想の配役を持っているというし、解説の風間賢二氏も、自分がいだいているキャラクター像が視覚化されたときの、受け入れがたい違和感を挙げておられる。
作品自体は、一九九六年五月にNHKのBS2で四回シリーズとして放映され、わが家でもビデオに録ってあるが、じつは、私もまた私なりにいだいているイメージが裏切られるのがいやさに、八年以上たったいまもなお、せっかく録ったビデオを見ていない。また、読者はそれぞれにご贔屓(ひいき)のキャラクターをお持ちだろうが、私のそれは、一にグレン(彼の傾ける蘊蓄<うんちく>が楽しいし、そもそも彼がいなければ、コジャックがボールダーへくることもなく、コジャックがいなければ、スチューが生きのびることもありえなかったはずだ)、そして二が〈ごみ箱男〉。
前に挙げた〈ザ・キッド〉の登場部分以外に、削除されて傷が残ったと作者が語っているのが、〈ごみ箱男〉のインディアナからラスヴェガスまでの長途の旅を描いた部分だが、ここを読めば(そこでは彼と〈ザ・キッド〉との出会いも描かれている)、だれしもこの若者――かつてドナルド・マーウィン・エルバートだったこの若者――の哀しさが感じとれることだろう。そして、そういう彼の内面の痛みまでは、おそらく映像では描けないと思うのである。
遠く一九七七年、いまはないパシフィカ社から『シャイニング』の翻訳を依頼されたときから始まったキングとのご縁、それもこれで終わりとなると、やはりちょっと寂しい。これからは、<老後の楽しみ>として、ほかの訳者のかたの手がけられるものを楽しませていただこうと思っている。
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