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50周年を迎えた「恐怖の帝王」S・キング『コロラド・キッド 他二篇』、幻の2作+新訳1作を超マニアックに解題する!

50周年を迎えた「恐怖の帝王」S・キング『コロラド・キッド 他二篇』、幻の2作+新訳1作を超マニアックに解題する!

吉野 仁

『コロラド・キッド 他二篇』(スティーヴン・キング)

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 文春文庫オリジナルで刊行された、スティーヴン・キング作家デビュー50周年記念刊行第4弾『コロラド・キッド 他二篇』は、もともと独立して刊行された3篇を、日本独自に組み合わせた中篇集だ。幻の作品となっていた2作と、新訳の1作。それらの所以について、吉野仁氏による解説を抜粋して紹介する。

 フルバージョンの解説では、さらに詳細かつ驚くような分析が加えられているので、興味を持たれた方はぜひ本作の文庫版をお手に取ってみていただきたい。

『コロラド・キッド 他二篇』

◆◆◆

 本年二〇二四年は、スティーヴン・キング作家デビュー五十周年にあたる。アメリカで第一作『キャリー』がダブルディ社より刊行されたのは、一九七四年四月五日のことだ。キングは一九四七年九月二一日生まれなので、誕生日を迎えるとめでたく七十七歳の喜寿となる。それでもなお若い頃と変わらず、精力的に新作を発表し続けていることを驚きとあわせて心から喜ばしく思う。いまだ創作の泉は涸れることなく湧き出ているようで、近年なお新たな代表作といえる意欲的な作品をつぎつぎに発表している。上下二巻で邦訳刊行される長篇はもちろんのこと、短篇をあつめた作品集も、それぞれにキングならではの幅ひろいスタイルとその多様な面白さをそなえたものばかりだ。

 もちろんこの五十年間には、さまざまな不運や心身の不調などに見舞われたこともあるようだが、しっかりとそれらを乗り越えて、新たな段階へと登り、成功を重ねてきた。質と量あわせてこれほどの活躍を見せる作家はキングしかいない。

 しかし、精力的な創作活動にキャリアが五十年にも重なると作品数は増えていくばかりだ。キング作品を熱愛していてもなお、そのすべてを読破できずにいる人は多いだろう。とくに最近になってファンになった読者にとっては、単純に読み切れないだけでなく、絶版や品切れなどの理由から入手しづらい邦訳作品も少なくない。

 とくに本書の表題作『コロラド・キッド』(二〇〇五年)は、邦訳されていながら一般に市販されなかったことから、とりわけ入手困難な一作だった。それがこの日本独自の作品集の一篇として刊行されることになったのだ。ほかに二つの中篇が収録されており、一作は本邦初紹介で、もう一作は過去に単行本化されたものの現在は古書でしか手に入らない。

『縮みゆく男』と『浮かびゆく男』

 掲載順に紹介し解説していこう。

 冒頭の中篇『浮かびゆく男』(Elevation)は、二〇一八年にスクリブナー社から刊行されたもので、今回が本邦初訳。献辞に「リチャード・マシスンを思いながら」とある。リチャード・マシスンは、キングが敬愛しもっとも影響を受けた作家だ。マシスンの代表作『縮みゆく男』(一九五六年、『縮みゆく人間』の邦題もあり)は、放射能汚染と殺虫剤の相互作用により、一日に七分の一インチずつ身体が縮んでゆく奇病に冒された男の物語で、キングが八歳のときに出会って以来の愛読書である。

 なによりもマシスン『縮みゆく男』の主人公はスコット・ケアリーといい、なんとこの『浮かびゆく男』も同名のスコット・ケアリーの物語なのだ。こちらのスコットの身に起きた奇怪な出来事は、単に体重が減るだけでない。どこまでも軽くなっていくのだ。体重計に乗ると、服を着ても裸でも同じ体重を示すばかりか、一個十キロのダンベルを両手にひとつずつもっても同じ。原因はわからなかった。なにかよくない光線を浴びたり、殺虫スプレーかなにかを吸い込んだりもしていない。いったい彼の身になにが起きたのか、どんな力が働いたのか、これからどうなっていくのか。

『縮みゆく男』(リチャード・マシスン/扶桑社)

 物語はスコットの体重の話だけに終わらず、意外な展開を見せていく。

 主人公スコットの隣人である女性たち、ミシーとディアドラの同性婚カップルに関する騒動が巻き起こるのだ。彼女らは、共同経営者として〈ホーリー・フリホール〉という名のレストランを開店したが、町には偏見や差別を隠そうともせず、暴言を吐く人たちがいた。それに腹を立てたスコットは、たしなめようとして騒ぎを起こしてしまう。やがて、スコットは思いもよらぬ方法で彼女たちを助けることになるのだが、『浮かびゆく男』とは、人びとの心を軽やかにつなぎとめる男でもあったわけで、これはキングらしい寓話として幕を閉じる。

別名で書かれた『痩せゆく男』

 ファンならばご承知のとおり、キングはすでに体重が減っていく男の物語を書いている。リチャード・バックマン名義による長篇『痩せゆく男』(一九八四年)。こちらは、ジプシーの呪いにより食べても食べても痩せていく男たちの恐怖を描いたものだ。ベヴ・ヴィンセント『スティーヴン・キング大全』によると、「一九八〇年初頭、キングは体重が236ポンドあり、ヘビースモーカーだった」という。最初は医者に勧められながらも嫌がっていた禁煙とダイエットをはじめたところ、「どういうわけか寂しくなった」という。「ほんとうは体重を失いたくなかったんだ。そこで考えた。体重がどんどん減っていき、止まらなかったらどうなるんだろうと」

 ある現象が過剰もしくは極端に働いて暴れだすとその先に何が待ち受けているのか。キングにとり、これがマシスンから学んだホラーやファンタジーを生み出すためのひとつの思考法なのだ。というよりも、キングの頭のなかでは、いつもそうした不安が暴走しているのかもしれない。

「おれにも書かせろ」で生まれた一篇

 二番目に登場する作品は、表題作『コロラド・キッド』(The Colorado Kid)だ。これは、もともとアメリカの出版社ハードケース・クライム(Hard Case Crime)からペイパーバック・オリジナルで刊行された作品である。

 ハードケース・クライム社は、かつて一九五〇年代~六〇年代に隆盛だったペイパーバック・オリジナルのミステリーや犯罪小説をいまに復活させようという目的で、作家のチャールズ・アルダイとマックス・フィリップスが二〇〇四年に創設した小出版社で、同名の叢書の出版が同年九月からはじまった。ハードケース・クライムの第一作はローレンス・ブロック Grifter's Game (一九六一年、オリジナルタイトル Mona)。このカヴァー裏表紙にキングによるブロックへの賛辞「かけがえのないジョン・D・マクドナルドに代わるミステリーおよび探偵小説の作家だ」が掲載されている。

 じつは、この推薦文を依頼されたとき、キングはアルダイへ「おれにも一作書かせろ」と申し出たのだ。いや実際にどんな言葉でやりとりされたのかはわからないが、そうした経緯があったことは確かなようで、ハードケース・クライムの第十三巻として『コロラド・キッド』が二〇〇五年十月に刊行された。

 その後、現在まで、キング作品は『ジョイランド』(二〇一三年)と『死者は噓をつかない』(二〇二一年)の二作がこの叢書から刊行されている。どちらもキングの長篇にしては短めに収まっているのは、ハードケース・クライム叢書が目指すスタイルにあわせたからだろう。

『死者は嘘をつかない』(スティーヴン・キング/文春文庫)

 話を『コロラド・キッド』に戻すと、日本語版は残念ながら一般に販売されなかった。契約上の都合で、新潮文庫で『ダーク・タワー』第Ⅰ部から第Ⅲ部の購入特典として一万人限定の景品とされたのだ。このときの訳者も白石朗氏で、解説を担当したのも吉野仁だった。

未解決の謎をめぐる推理劇

 この小説のスタイルもまた独特なものだ。主な登場人物はたったの三人。卒寿をむかえた老人と初老の男、それに若い女性による会話劇がひたすら進行していく。その舞台とは、メイン州の海岸に浮かぶムース・ルッキット島。ふたりの男とは、ウィークリー・アイランダー紙の発行人、九十歳のヴィンセント・ティーグと六十五歳のデイヴィッド・ボウイである。そこに加わるのがオハイオ州立大学の就業体験研修(インターン)としてやってきた二十二歳の女性ステファニー・マッキャンだ。

 かつて、ヴィンスとデイヴは、不可解な事件に遭遇し、調査を続けた過去があった。一九八〇年四月二十四日木曜日の朝、島のビーチでひとりの男の死体が発見されたものの、身元を明かす品はなにもなかった。ところが、当時、やはり就業体験研修(インターン)で州警察刑事のもとで働いていた若い男ポール・ディヴェインの働きで、死体の男はコロラドに住むジェイムズ・コーガンだと判明する。

 だが、そこでさらに新たな謎が生まれた。コロラドからメイン州の島までは三千三百キロ以上離れている。最後に姿がコロラドで目撃された時間からわずか五時間後に出現した計算となるのだ。いかなる移動手段をつかえば、それが実現できるのだろうか。

 身元さがし、逆アリバイくずし、死因、動機など、次から次へわきでる謎や疑問をめぐり、警察はじめ関係者による果てしない探求がおこなわれた。三人による会話の形でその過程がじっくりと語られていく。もちろん、そこは名手キング、単調な語りでは終わらない。死体発見当日の具体的な様子から、コロラドから来たのかを知る手がかりについての意外な経緯、興味深く話を聞く女性ステファニーの疑問やときおり見せる脱線を含め、会話による見事な推理劇を披露している。

父の失踪という原点

 本作には、まだまだ表に裏に隠されている謎がひそんでいるのかもしれない。ヒロインの名前がステファニー・マッキャンというのも怪しい。スティーヴン・キングの Stephen とステファニー Stephanie 。そしてコロラド・キッドは、妻と生まれたばかりの赤ん坊がいる男であり、故郷をはるか離れたメイン州の島の海岸で死体で発見された。なぜ彼は妻子のもとからふいにいなくなったのか。

 さぁ、スティーヴン・キングのことをよく知るマニアックなファンならば、もうお分かりだろう。キング自身の父親は、彼が二歳のときに突然家を出てしまったきり、戻ってこなかったのである。

〈四九年のある日、父親は、「ちょっとそこまでタバコを買いに行ってくる」とひと言告げて蒸発してしまった。以降今日まで、この父ドナルドに関する消息はまったくわからないという。〉(風間賢二『スティーヴン・キング 恐怖の愉しみ』 筑摩書房より)

 なんと、父の最後の言葉が、「ちょっとそこまでタバコを買いに行ってくる」だとは。おそらく、キングは幼少のころから、なぜ父は家族のもとからいなくなったのか、その理由を考え続けていたことだろう。子ども時代は子どもなりに、大人になってからは現実的かつ論理的に、何年も何年も失踪のあらゆる原因とその可能性を吟味していったに違いない。ハメットによる「フリットクラフトの逸話」は、どれだけキングの想像力を刺激したことだろうか。

 キングによる「あとがき」では「本書『コロラド・キッド』がお気に召したか、あるいは腹立たしくてならなかったかにも左右されるが」と冒頭で断っている。この物語の結末に関して、あくまで事実をもとに、そこから導き出せるかぎりのことを書いてみせただけである、と言わんばかりである。さらに最後のほうでは、「われわれはいつも天の光にむかって手を伸ばし、コロラド・キッドがどこから来たのかを知りたいといつも願っている(世界はコロラド・キッドに満ちている)。いざ知ってしまうよりも、知りたいと願っているうちが花かもしれない」と述べている。「世界はコロラド・キッドに満ちている」とは、まさにキングの世界観を端的に表しているのだ。この言葉こそ、キングがたどりついた、大いなる謎に対する最終的な〈真相〉といえるのではないだろうか。

最後の一篇は本領発揮のホラー

 最後に収録された中篇が『ライディング・ザ・ブレット』(Riding the Bullet)だ。初出は二〇〇〇年、電子書籍としてオンラインで発表されたもので、なんでも最初の二十四時間で四十万部以上ダウンロードされ、アクセスの過集中および暗号化によるトラブルで無数のコンピュータが壊れたとされている。最初の邦訳版はこの電子書籍をもとにアーティストハウスから同年に白石朗訳で単独出版された。本書ではそれを加筆修正して訳されている。紙の書籍としてはEverything's Eventual: 14 Dark Tales(二〇〇二年)に収録。邦訳は『第四解剖室』、『幸運の25セント硬貨』の二冊に分冊され新潮文庫から刊行されたが、『ライディング・ザ・ブレット』は日本版には収録されなかった。

 主人公は、メイン州立大学の学生アラン・パーカー。遠く離れた故郷で暮らしていた母親が脳卒中で倒れ病院に運ばれたことを知らされたものの、車が故障しているアランは、およそ二百キロの道のりをヒッチハイクで向かおうとした。だが、その無謀な旅の途中、ジョージ・ストーブという男の墓石に出会ったことから、彼の運転する車に乗ることとなる。それは死へと向かう《弾丸(ブレット)》だった……。

 すでに物心つかないうちに父は死んでおり、アランはひとりっ子だった。母を思う子どもならではの不安と焦燥、それに対する自己保身や我執に走りがちな心の後ろめたさなどが、(じっさい暴走車に乗った体験などなくとも)それこそ遊園地のライディングマシーンに乗ったときのような恐怖や興奮と重なりあい、複雑で混乱した感情がなお高まっていく。これぞキングの本領を発揮したホラーだと叫びたくなる名作だ。

 いうまでもなく、この中篇にも家族をめぐるキング自身の境遇がさまざまな形で投影されている。それをいえば、ハードケース・クライムから刊行された三作目『死者は噓をつかない』に登場した主人公の母もシングルマザーで喫煙者だった。多くのキング作品で描かれてきた母と子の姿なのだ。

 さて、あまりに長々と語りすぎたかもしれない。未解決の謎をめぐるミステリー『コロラド・キッド』をメインにすえた作品集だけに、多様な可能性や深読みの面白さを味わってもらえたならばさいわいだ。そして、作家デビュー五十周年記念刊行、つぎは『フェアリー・テイル』(仮)というファンタジー超大作が控えている。楽しみに邦訳を待ちたい。

こんなにある、『ジョジョ』のS・キングネタ! 「キング氏の書くものは神の言葉」“恐怖の帝王”の新刊帯に荒木飛呂彦氏が降臨した当然の理由とは〉へ続く

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