- 2024.09.23
- 読書オンライン
こんなにある、『ジョジョ』のS・キングネタ! 「キング氏の書くものは神の言葉」“恐怖の帝王”の新刊帯に荒木飛呂彦氏が降臨した当然の理由とは
文藝春秋翻訳出版部
『コロラド・キッド 他二篇』(スティーヴン・キング)
出典 : #文春オンライン
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
〈50周年を迎えた「恐怖の帝王」S・キング『コロラド・キッド 他二篇』、幻の2作+新訳1作を超マニアックに解題する!〉から続く
2024年9月21日に77歳となるスティーヴン・キング。今年はその「恐怖の帝王」の作家デビュー50周年となる。これを記念して、文藝春秋では邦訳連続刊行を続けてきた。その第4弾となるのが日本独自中篇集『コロラド・キッド 他二篇』だ。
いつもながらの藤田新策氏の美麗な装画とあわせて目を引くのが、帯にある荒木飛呂彦氏のコメント。言うまでもなく、氏の代表作にしてライフワーク、現在第9部が連載されている『ジョジョの奇妙な冒険』は誰もが知る国民的コミックである。
全世界のクリエイターに影響を与えているといっても過言ではないキング。荒木氏もその影響を受けたひとりであることは、本人も認めるところだ。
「ダ・ヴィンチ」2012年8月号では、荒木氏が最も影響を受けた一作としてキングの『ミザリー』を挙げ、「僕が思うサスペンスの、完璧な形ですね。~勉強のために今でも読み返しています」と語っている。また、荒木氏の著書『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』では、第4章がまるまる「キング原作の映画」に割かれているほどだ。
『ジョジョ』に初登場したキングへのオマージュは…
そんな荒木氏だけに、長く続く『ジョジョ』の随所にキングへのオマージュや影響がうかがえるのは、ファンならば周知のとおり。とてもすべてを指摘することはできないが、いくつか有名な例を紹介してみよう。
記念すべき第1部で(おそらく)初登場したオマージュは、シリーズの多くを通じて活躍する宿敵、ディオ・ブランドーが飲んでいるウイスキー。悪事がジョジョに露見したのではないかと悩むディオが、「酒! 飲まずにはいられないッ! あのクズのような父親と同じことをしている自分に荒れているッ!」と述懐しながらつかんでいる酒瓶のラベルが(もちろん英語で)「デッド・ゾーン」蒸留所の「クローネンバーグ」となっているのだッ!
これは直球で、1983年にデヴィッド・クローネンバーグ監督で映画化された『デッド・ゾーン』だろう。ただし、映画が日本公開されたのは1987年6月であり、邦訳の刊行もそれに合わせたと思われる1987年5月だった。
『ジョジョ』第1部の連載開始が1986年12月で、当該エピソードは第9話と思われるので、おそらく映画版の日本公開直前の頃だったはず。公開を楽しみにする荒木氏のイタズラ心が描きこまれたのだろうか。
1989年に連載がはじまり、シリーズ中でも屈指の人気を誇る第3部となると、キングをはじめとするホラー作品へのオマージュと思われる描写が本格的に頻出する。
まず、この後のシリーズ全体を決定づけるコンセプトとして登場した「スタンド」能力。この命名のどれくらいがキングからの影響かはなんとも言えないものの、キングの超大作『ザ・スタンド』を連想しないわけにはいかない。邦訳こそ2000年を待たねばならないが、原作自体は1978年に刊行されているので、荒木氏が存在を知っていた可能性はあるだろう。
あるいは、「スタンド」の命名を発表(?)するジョセフ・ジョースターのセリフ「そばに現れ立つというところからその像を名づけて……『幽波紋』(スタンド)!」は、『スタンド・バイ・ミー』も思わせる。この映画の日本公開が1987年4月、原作の中編を収録した『スタンド・バイ・ミー 恐怖の四季 秋冬編』も(やはりおそらく映画版公開にあわせてか)1987年3月に刊行されているので、時期的な近さからすると、こちらの影響があったのかもしれない。
それにしても、『デッド・ゾーン』『スタンド・バイ・ミー』という、まったく毛色の異なる傑作が日本で数ヶ月とおかず映画公開+邦訳刊行されていたとは、今さらながらキング恐るべしである。
空条承太郎の苗字の由来はあの犬…?
『ジョジョ』第3部は他にもキングの影響を思わせるナイスなキャラクター・能力が目白押し。列挙していこう。まず主人公・空条承太郎の「空条」なる珍しい苗字は、(もちろん「ジョジョ」の語呂あってだが)キングの『クージョ』(1983年邦訳刊行)、映画版でいうなら『クジョー』のもじりか、と言われている。
原作のスペルは“Cujo”。承太郎がエンヤ婆のニセホテルの宿帳に書いた偽名は“Qtaro Kujo”。第6部の主人公で承太郎の娘、空条徐倫が刑務所で持っていたネームプレートは“Cujoh Jolyne”。完全に同じにはなっていないのが思わせぶりすぎる!
ちなみに1984年に日本で公開された『クジョー』は、1週間で上映打ち切りとなってしまったとか……。
承太郎一行がインドから四輪駆動車で移動する山道を襲ってくる車のスタンド「ホウィール・オブ・フォーチュン」も味わい深い。崖から落下してグシャグシャになったはずが自己修復して追ってくる、生きているような車……そう、『クリスティーン』(1987年邦訳)であるッ!
執拗に追ってくる謎の車というシチュエーション、その車からドライバーの腕だけが見えているという不気味さ、峠道でタンクローリーと衝突という場面は、1971年の映画『激突!』へのオマージュでもあるだろう。この『激突!』はリチャード・マシスンが原作で、脚本も書いている。マシスンといえば、キングが大きな影響を受け、新作『コロラド・キッド 他二篇』で初お目見えした中篇「浮かびゆく男」で献辞を捧げた名作家。この「多重影響世界」の深さは計り知れない……ッ!
まだまだいこう。「セト神」のスタンド使い・アレッシーは幼児虐待的性癖を見せるサイコパスだが、その能力によって幼児化させられたポルナレフを追いつめ、斧で扉を破る。「入るよおお~~~んポルナレフ~~~っ」と破れ目から顔をのぞかせるシーンは、そう『シャイニング』のあまりにも有名なあの場面そのままッ! ちなみに映画版のジャック・ニコルソン(およびアレッシー)と違い、原作のジャックがドアを破るのは斧ではなく木槌である。
「皇帝」(エンペラー)のスタンド使い、ホル・ホースはカウボーイハットを被り、ウエスタンのガンマンのようないでたち。そしてスタンドはリボルバーに似た「銃」である。これはあえて影響というほどではないかもしれないが、キングの超大作『ダーク・タワー』の主人公、ガンスリンガーことローランド・デスチェインを思わせる風貌だ。
もっとも、ホル・ホースの性格はローランドとは似ても似つかない、保身第一の小物キャラ。キングがローランドの造形でイメージしていたのはクリント・イーストウッドといわれるが、『ジョジョ』においては承太郎がイーストウッド的な雰囲気をまとう。ディオとの最終決戦での発言「『ぬきな! どっちが素早いか試してみようぜ』というやつだぜ……」もそれそのものだ。
「正義」(ジャスティス)のスタンドは(ネタバレだが)「霧」。街を覆いつくす霧といえば、『ミスト』である。荒木氏は『~奇妙なホラー映画論』で『ミスト』をキング映画第2位に選んでいるだけに、どこかでオマージュを捧げるのも当然か。第3部の話が長くなってしまったが、キリがない(霧だけに)のでこのあたりとしよう。
『ジョジョ』と『ダーク・タワー』の密かなシンクロ
当然これ以降も『ジョジョ』にはキングネタが折々に登場する。第4部、虹村形兆の操るスタンド「バッド・カンパニー」は短編集『深夜勤務』収録の「戦場」に出てくるおもちゃの兵隊を連想させる。第6部のボスキャラ、プッチ神父は苦境に陥ったときに「落ちつくんだ…『素数』を数えて落ちつくんだ…」と自分に言い聞かせる。これは短編集『いかしたバンドのいる街で』の「動く指」の会計士と同じか!? やはり同作収録の「雨期きたる」で雨でなくカエルが降ってくるというトンデモ事態は、同じく第6部のスタンド「ウェザー・リポート」の能力として登場する。
あまりネタバレしすぎない程度にしたいが、この『ジョジョ』第6部はクライマックスで、ここまで基本的に第1部から連続してきた世界に一種の「ガラガラポン」が起きる。これが描かれたのが2003年なのだが、同年に完結したキングの畢生の大作『ダーク・タワー』のクライマックスが、この第6部と似た「ガラガラポン」的結末になっているのだ!
影響を受けた側である荒木氏の壮大なサーガのひとつのエンディングが、影響源たるキングの大サーガの結末を先取りしたと見ることもできる(!?)。もはや影響を自家薬籠中の物としたあまり、キングが憑依したかのように物語が湧き出してきたのか……。
これだけご紹介すれば、荒木氏がいかにキング大好きであるか、そして担当者がいかに荒木氏大好きであるか(そう、週刊誌担当時代に職権濫用で荒木氏のインタビュー記事をねじ込む程度には……)がお分かりいただけただろう。
荒木先生ご本人のコメントを…!
こうなれば、「キング50周年」という祭りのどこかのタイミングで、荒木氏に祝賀のお言葉をいただこうと目論むのは必然ッ……! そんな理屈にもならない理屈で上司を丸め込み、集英社さまの尽力をいただいてコメントを依頼したのである……!
そしてドキドキの数週間を経ていただいたのが、『コロラド・キッド 他二篇』の帯表1・表4に燦然と輝く以下のお言葉! もうご覧になっている方も多いだろうが、改めて記しておこうッ!
50年前のデビュー作『キャリー』を読み直しても、文章は瑞々しいし、古さがない。最新の『ビリー・サマーズ』も引き込まれるし面白い。こうなってくるとスティーヴン・キング氏の書くものは、きっと「天」からというか「神の言葉」なのだろう
おぉぉぉぉ……なんという言葉のセンスであろうか。ズキュウゥゥゥゥンである! おれたちに決してできない言葉遣いをやってのける、そこにシビれる、あこがれるゥ!
……いけないいけない、ちょっと興奮してしまったが、ちゃんと50周年記念刊行の大傑作『ビリー・サマーズ』まで読んでいただいていたというこの律儀さ、そしてキング愛!
『ビリー・サマーズ』上(スティーヴン・キング)
もはや「王」を超えて「神」と化したキング(!?)は過去の傑作群のみならず、「今が最強」であることが、荒木氏のお墨付きをいただいたといってもいいだろうッ! ちょっと何を言っているのか自分でもわからないが、ともかく『異能機関』『アウトサイダー』『死者は嘘をつかない』『ビリー・サマーズ』『コロラド・キッド 他二篇』と、キング50周年記念刊行作品はどれを取ってもハズレなしの傑作揃いだ。
そして今冬には全米100万部、キングが「コロナ禍で最も書きたかった物語」である『フェアリーテイル』が待ち構えている。荒木氏とともに、恐怖の帝王の50周年を祝い尽くそうではないか!
シャイニング 下
発売日:2015年04月17日
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